墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

出羽坂・鮫ヶ橋せきとめ稲荷・安鎮坂 東京都新宿区南元町

前回のつづき。 

新助坂の東側に平行する、名の無い坂を上がって右(東)に向かうと出羽坂に出る。

 

ズームすると傾斜が際立つ。遠くにはホテルニューオータニ、その背後に東京ガーデンテラス紀尾井町

 

坂の途中の枝道は、個人宅へ続く石段。

 

中央線のところで左にカーブする。

 

そこに立っている標柱。

坂下は須賀神社からの谷筋で右へ低くなる。

 

標柱は坂下にもあった。

出羽坂
明治維新後、この坂上に松平伯爵(旧松江藩主松平出羽守家)の屋敷が移転してきたため、こう呼ばれるようになったという。当時は修徳園という庭園があったが、戦後売却され姿を消した。

 

場所はここ。 

 

ガードをくぐってすぐ左手に「鮫ヶ橋せきとめ稲荷」があった。

 

みなみもと町公園と道路の間の、細い土地に祀られている。

 

上記の祠の後壁の裏にも小さな地蔵堂があって、有志の方が設置されたと思われるかなり詳しい説明書きがあった。

 

そのまま南に100mほど行くと、東宮御所の鮫ヶ橋門の前に出る。

 

そこから右(西)に上るのが「安鎮坂」、東宮御所の北縁に沿う。

港区のサイトによれば、付近に安鎮(珍)大権現の小社があったので坂の名になったそうで、武士の名からできた付近の地名によって権田原坂ともいうとのこと。

https://www.city.minato.tokyo.jp/kyouikucenter/kodomo/kids/machinami/saka/67.html

 

高速のガード下に戻って、高速の下を西に向かうトンネルを見る。

グーグルマップを見ても、道が続いているのかわからない。

 

私有地に続くような雰囲気があったが、立入禁止の表示は無かったので進んでみる。

 

すぐに反対側に出られた。この先で右へガードをくぐると、新助坂の方へ出られる。

 

逆に左(南)へ出てみた。

 

新助坂の上にも看板があった「兎月そば」に惹かれた。

 

上記の看板の左手に入口があった(地下ではない)

もりそばをいただいたがとても美味しかった。

 

その周辺、魅力的な細道もあった。