墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

将軍塚古墳 静岡県浜松市浜北区根堅

前回のつづき。

金刀比羅神社の石段下から目指す古墳をグーグルマップで再入力すると徒歩38分と出た。この日歩く一番長い距離になるので気合を入れて出発。

 

新東名の下で。東方向。

 

グーグルマップで表示されたルートでは人形山古墳へは行けそうになかった。間の谷は小さいので渡れそうだが、その先は道がない急斜面。陽も傾いていたので即断念。

 

OBITOさんのサイトによれば高速沿いの六所神社からアプローチするのが正しかったようだ。が「道らしい道はない」とのことなので「無理せず正解」とした。機会があれば季節を選んでトライしてみたいが。

http://obito1.web.fc2.com/hamakitatenryuu.html

 

上記の写真はこの道の左側を撮っている。

ここからの20数分の歩きが単調な車道の上り道でなかなか応えた。

 

一帯は静岡県立の森林公園になっていてハイキングの数組とすれ違う。丘の上に何ヶ所か駐車場があった。

 

古墳に近づいたところに田村神社坂上田村麻呂を祀っていて、将軍塚古墳の名前の由来にもなっている。

 

 鳥居から見た南側の景色。

 

樹木が繁っていなければ、天竜下流域を一望できる場所だった。

 

ズームで。

 

鳥居の前の道沿いに将軍塚古墳の説明板があった。

将軍塚古墳(泉A1号墳)
泉A1号墳は坂上田村麻呂を祀っている祠が山頂にあることから「将軍塚古墳」と俗称されています。
直径14m、高さ2mほどの円墳です。石室の入口は土砂が堆積していますが、全長6.2mの無袖の横穴式石室が開口しています。副葬品は明らかではありませんが、7世紀代につくられたと思われます。
なお、泉山には15基の古墳が確認された他、人形山、高根山など北稜の山々には200基もの古墳が点在していました。
将軍塚古墳は、参道石段を降り突き当たりの道を左に折れて約50m下った右手やや奥にあります。
遠州山辺の道の会

 

説明板の脇に古墳への道。

 

草が生い茂る石段を下っていくと鳥居が現れた。 

 

下から見上げた鳥居。夏になったら藪漕ぎになりそう。

 

鳥居の先で左に折れて草の小道を進む。

 

案内板を発見して一安心。

 

矢印の方向へ落ち葉の斜面を進む。

 

大きな木を回った先に石室が開口していた。膝ぐらいの高さで、気持ち的にここが一番試されたように思われる。

 

小動物などがいないかフラッシュでチェック。 全長6.2mの奥へ向かって下っている。

 

四つんばいになって後ろ向きに入室し、奥壁に向き直って一枚。

フラッシュ点灯時以外は暗闇で、連続では焚けないのでなかなか厳しい。

 

奥壁正面で。

 

さらに奥壁に近づいて右上を。カマドウマ注意報が発令していました。

 

奥壁前から入口方向。入口付近に土砂が積みあがり、手前に下る斜面になっている。

 

しばし暗闇に浸らせていただいた。

 

外に出て開口部を振り返る。

 

墳丘は草が繁っていて形状はよくわからなかった。

 

墳丘あたりから南側。草木を刈れば、平野部の拡がりが見えているはず。

 

草の小道に戻って東へ下る。少し降りて振り返ったところ。

 

その先に鳥居があった。くぐって振り返ったところ。

 

鳥居の先の社は、グーグルマップには「根堅総本社、地安坊大権現堂(護摩堂)」とある。

 

お参りして降りてきた道を振り返る。

 

お堂の先には落ち葉の降り積もった石段がついていた。

 

石段の下の看板。今さら戻ると大変な遠回りになるので慎重に下る。

 

やはり落ち葉の石段。

 

細道になったが車道に出て安堵したところ。ロープが張られていたので通ってはいけないルートだったようだ。

 

上記の位置から左手側に太鼓橋があった。

つづく。