墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

光明山古墳・現地説明会 静岡県浜松市天竜区山東

前回のつづき。

天竜二俣の中心街から10分ほど歩くと、名刹遠州光明山の看板が出てきた。

 

すぐ先で小道を登る先行者があったので自分も続く。

 

上がるとお寺の駐車場で、その先ではすでに説明会が始まっていた。

この位置が前方部裾になる。

 

振り返った駐車場。かつてはこの場所にも直径33mの円墳(光明山2号墳)が存在したが削平されてしまったそうだ。

 

前方部左下角を回って墳丘の西側面へ。

 

回り込んで、くびれ部あたり。墳丘の中段へ上がる説明者の方。

光明山古墳は全長83.4mの前方後円墳

 

くびれ部での説明の様子。2グループに分かれての説明なのにこの人数!(さらにこの午前の部のほかに午後の部も)

 

後円部の西側斜面。立ち木や下草が刈られて墳丘がわかりやすくなっている。

 

その西側斜面に掘られたトレンチ。こちらの面はあまり出物がなかったらしい。

 

そこから振り返ってのくびれ部と右に延びる前方部裾。

 

後円部裾には石碑と説明板もあった。

 

シンプルな説明板。

静岡県指定文化財
種別:史跡
名称:光明山古墳
数量:一基
大きさ:全長83.4m、後円部長45.6m、後円部高7.5m、前方部幅53.0m、前方部高8.0m
指定年月日:昭和30年2月25日
所有者:光明寺
説明:5世紀後半の築造で市内唯一の前方後円墳。この地域を支配していた豪族の墓と考えられる。
平成3年11月1日 静岡県教育委員会 浜松市教育委員会

 

いただいた資料によると築造時期は5世紀中頃、発掘調査は今回が初とあった。

後円部の3か所でトレンチ(幅1.5m 総延長約32m)が掘られている。

 

後円部先端での説明の様子。

 

ここのトレンチでは葺石が墳頂までびっしりと残っていた。

少し大きな石列が縦方向にあるが、これは葺石の施工単位を区切るもので、墳丘を造る際、ここからこっちは○○地区、あっちは○○地区などと、担当範囲を示したものと推定されるそうだ。

 

こちらは後円部東斜面のトレンチで。

 

ここでは2段目のテラスが現れていた。

 

2段目の裾には埴輪が。

 

壊れているが、突帯が見て取れた。

 

その上の斜面。断面は上からころげ落ちた葺石が溜まったものか。この墳丘は地山を削って造成されたと考えられるそうだが、トレンチは墳丘内部までは掘られていないので、版築があるかどうかはまだわからないそうだ。

 

東斜面のトレンチ上部。墳頂は未調査。今のところ埋葬施設を調査する予定はないとのことだった・・・

 

人が少なくなってからの東斜面。

 

後円部が二段に造られていること、それぞれの斜面に葺石が施されていることは、今回の調査で新たに判明したことだそうだ。

 

参考展示の埴輪。 この古墳のものではないが、円筒埴輪、朝顔形埴輪の解説に使われていた。光明山古墳の円筒埴輪は底部下端に段をもつもので、淡輪系埴輪と呼ばれているそうだ。

 

前方部の東斜面(前方部東裾からくびれ部方向)

草木を刈る前は西側や後円部もこのように密生していた。

 

現地のお手製説明板。

左下に光明山古墳の墳丘平面図が示されているが、光明山古墳の墳形は近畿地方中枢部の大型前方後円墳である上石津ニサンザイ古墳(履中天皇陵)や誉田御廟山古墳応神天皇陵)と似ていることが説明で触れられた。

実は同じ前方後円の形でも、前方部の開き方や長さ、高さのバランスなどにさまざまなバリエーションがある。

光明山古墳は後円部2段目が1段目の4倍以上あること(1段目1.8m・2段目7.8m) も両古墳と似ていて、被葬者は古墳の設計図を共有していた可能性が考えられ、倭王権との強い関係がうかがわれるとのことだった。

 

確かに全長で比較しても、光明山古墳(83.4m)は上石津ニサンザイ古墳(365m)の約4分の1、誉田御廟山古墳(425m)の約5分の1になっている。

 

後円部裾から北東側の眺め。 

 

後円部の北側に光明寺への石段があった。 

 

そこから振り返っての光明山古墳後円部。

 

上がった先には本堂があった。本堂後ろの山の上に奥の院が見えたので行ってみることに。

 

地元の方に「そっちじゃないよ」と声を掛けられて正しい参道へ入った。振り返っての本堂屋根。

 

登山道の趣きになる。

 

息が切れてきたところで奥の院に到着。

 

参拝して振り返った風景。

 

狛犬は猪(一対)だった。

 

眺めは素晴らしかった。

 

小島のように複数の小山群がある。

背後から右に流れてきた天竜川は右奥の小山の後ろで90度左に向きを変えて、左端で90度右に曲がって真っ直ぐ南に流路を取る。

 

 

上記の左をズームしての天竜川。

 

右の小山の先には、浜松の高層ビルも(距離約20km)

 

光明山古墳のあたりをズームで。木を刈れば周囲からかなり目立つだろうが、小山群の手前側からしか見えないように思われた。

 

帰路、下からズームした奥の院

つづく。