墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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緑町配水場 水道記念館 栃木県足利市緑町

前回のつづき。

物見13号墳(の近く)から南へ、足利公園がある丘の上までタクシーを利用。

こちらの水道記念館は、年にこの一日のみ一般公開される。 

 

場所はこちら。

 

玉砂利の道を進んで途中から斜面を上がる。

 

階段の上には瀟洒な洋館があった。昭和5年に竣工した緑町配水場旧事務室。

 

右に突き出した部分は増築された貴賓室。屋根は茶色く施釉されたフランス瓦葺きで、三角の「ドーマー窓」が2ヶ所ついている。

 

左側の玄関に回る。

 

玄関前のパネルでは、丘の下にある今福浄水場が水を集めてポンプでこの場所まで送り、ここから市街に配水する仕組みを説明していた。

 

文化財概要の説明パネル。パネルは4ヶ所にあったが、こちらは旧事務室の解説。

緑町配水場 水道山記念館(旧事務室)
国登録有形文化財(建造物)
昭和5年竣工 平成18年3月2日指定
構造と形式:木造平屋、切妻屋根茶色施釉のフランス瓦葺、細石洗い出し仕上げ、木部はペンキ
特徴
屋根は茶色施釉のフランス瓦葺で三角形のドーマー窓が2ヶ所につき、内部仕上げは床がカーペット敷き、天井が漆喰塗り、壁が漆喰塗り及び腰縦板張りとしています。
雁行型の平面構成を持ち、玄関脇に事務室、その背後に応接室、続いて貴賓室を配し、貴賓室は昭和9年の天皇陛下行幸の際に増築された部分です。
昭和初期のコロニアル風の建築となっています。

 

応接室にはソファが沢山あった。

 

窓が大きく開け放たれていて気持ちよかった。

 

窓の向こうに足利市街中心部を一望できる。

 

貴賓室には「御椅子」「御机」が置かれていた。カーペットがゴージャスだった。

昭和天皇は昭和9年の陸軍大演習に際し、この場所を訪れている。

 

応接室の隣を通る、貴賓室への廊下。

 

この施設を含む足利市近代水道施設群は土木学会によって土木遺産に選ばれている。

 

旧事務棟の前には地面に埋めこまれて屋根だけ顔を出す配水池建物がある。 

緑町配水場 配水池
国登録有形文化財(建造物)
昭和5年竣工、昭和31年増築 平成18年3月2日指定
構造と形式:鉄筋コンクリート造、上部は芝生。水位計室と保守・点検入口棟は鉄筋コンクリート造、陸屋根、細石洗い出し仕上げ。配水池は半地下。建築面積1606㎡
特徴
足利公園頂上に半地下で、広さ約60m×27mの鉄筋コンクリート造構造物で、内部は3池に区切られています。
配水池の東側には、六角平面の各隅に柱型をつくり、軒蛇腹より上部に目地付のパラペットを立ち上げた水位計室と保守・点検入口棟を左右対称に配しています。どちらも重厚なゼツェッション風の意匠をもつ建物です。

 

旧事務棟の反対側から見た配水池。

これがこの場所のメインの施設で固い岩盤の地山を削って造られている。

 

現役の施設であり屋根上は立入禁止だが、周囲を巡ることはできる。

換気の煙突が可愛らしかった。

 

蛇輪のような装置も。

 

その前には保守点検の入口。

 

 ドアは簡素なものになっているが、どっしりとしたデザイン。

 

隅の柱は、欄干の親柱のように立派だった。

 

すばらしい眺め。もしや元はここに古墳が・・・?という懸念がふとよぎった。

 

配水池の南側の「接合井」の建物。

 

その説明パネル。

緑町配水場 接合井
国登録有形文化財(建造物)
昭和5年竣工 平成18年3月2日指定
構造と形式:鉄筋コンクリート造、陸屋根、細石洗い出し仕上げ
特徴
今福浄水場で集水し、配水池へ送水される水を中継する役割を持つ施設です。
配水池と同様に鉄筋コンクリート造で、ゼツェッションの意匠となっており、半円アーチを四周に配し、東側に残塩計室を接続しています。

 

窓でないところにもアーチの意匠が施されている。背の高いところが残塩計室。

 

配水池の西側には地山を削った跡が残っていた。

 

 むき出しになっているチャートの層。ブラタモリなら近江さんに質問が出る場面。

 

ぐるりとまわって旧事務棟の裏に戻った。

 

見学箇所はもう一つ、少し降りた斜面にある。

 

右から書かれた「水道計量室」の文字。

 

その解説パネル。

緑町配水場 水道計量室
国登録有形文化財(建造物)
昭和5年竣工 平成18年3月2日指定
構造と形式:鉄筋コンクリート造、陸屋根、細石洗い出し仕上げ
特徴
配水量を計量するための施設です。
桁行2.5m、梁間1.5mの鉄筋コンクリート造平屋で、四隅に配した柱形と軒蛇腹を段上に張り出すのが特徴です。配水池や接合井と同様に、ゼツェッション風の意匠となっています。

 

最後に通った、門へ戻る道。

 

普段は入れない場所なので、赤い絨毯がしっかり残っていた。

2017年11月26日訪問