墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

トチセン(旧足利織物 赤レンガ工場) 栃木県足利市福居町

前回のつづき。

中日向古墳群の見学後、多々良駅から足利市駅方面に2駅目の福居駅で下車、駅のすぐ近くにある株式会社トチセンへ。 

 

かつての織物工場は今も倉庫として使われているが、例年足利市文化財公開時期に合わせて一日だけ一般公開される。

 

門前に足利市教育委員会による解説板があった。

登録有形文化財 トチセン(旧足利織物)
赤レンガ捺染(なっせん)工場・赤レンガサラン工場・汽罐室(ボイラー2基付)
トチセンは、足利が織物産業で隆盛していた大正2年(1913)に足利織物株式会社として創業。同8年(1919)に明治紡績株式会社となり「明紡」として知られました。
6連の鋸屋根が特徴の赤レンガ捺染工場は、イギリス積みのレンガ造平屋建で、鋸屋根破風部分の軒蛇腹や外壁側に突出した付柱(つけばしら)、出入口や窓等の開口部マグサ上に走る横材などに外観上の特徴があります。
赤レンガサラン工場は、捺染工場同様レンガ造平屋建で、半円のドーマー窓が付いた切妻洋瓦葺の建物です。
汽罐室(ボイラー室)は捺染工場の西に位置し、イギリス積みのレンガ積平屋建切妻スレート波板葺の建物です。内部には4基の蒸気ボイラーが設置されており、中央にある石炭を燃料とするランカシャーボイラーは、昭和16年(1941)に設置された創業期と同型のボイラーです。
これらの建物に使用されているレンガには「上敷免製」の刻印が見られることから、渋沢栄一が中心となって創設した埼玉県深谷市の日本煉瓦製造の工場で製造されたものであり、東京駅や迎賓館に使われているレンガと同じものであることがわかります。
また、建物の壁面全体に塗られた黒い迷彩柄は、終戦直前に空襲を避けるためのカモフラージュとして施されたものです。
これらは、織物産業発展期に輸出織物の大量生産を目的として建てられた近代工場で、大規模な赤レンガ造工場建築としては唯一現在まで残されている貴重な建物です。
足利市教育委員会

 

公開時間より早めに着いてしまったが、ちょうど係りの社員の方が準備を始めたタイミングで、案内をしていただけた(ありがとうございました)

 

はじめに向かったのは6連の鋸屋根がある赤レンガ捺染工場。 

竣工は大正期(1913~1919)

 

見事なレンガ壁面、そして最頂部まで伸びた付柱。

屋根の斜めの部分もレンガ積みだった。

 

戦時中に塗られた黒い迷彩柄が今も残っているとは驚き。隣の太田市中島飛行機の工場があったので、”間違えて”爆撃されないようにしたと伺った。

 

給水塔にも風情あり。

 

その裏側、オーバーハングにレンガが積まれた箇所もあった。

 

入口脇のレンガの説明コーナー。使われたレンガは東京駅などと同じ深谷市上敷免の旧日本煉瓦製造会社製。

建物は登録有形文化財で近代化産業遺産の指定も受けている。

 

上敷免のホフマン輪窯は、一昨年の春に訪ねた。

 

捺染工場”の内部。右上が鋸屋根の窓。横幅の方が大きな建物だった。

 

最初は織物工場だったので、直射日光が当たらないように北側屋根上に明り取りが設けられている。

 

捺染工場だったときの部品。布に唐草模様をプリントしていた。

上記の右側の説明書。

捺染工場とは
一般的に繊維に対する染色加工は浸染(しんせん:地染)と捺染(なっせん)に分類され、捺染加工はスクリーン捺染(型紙を使う)とロール捺染に分かれます。
捺染とは言い換えれば布に対するプリント加工なのです。
弊社は昭和30年代から50年代に大量のロール捺染加工を行っておりました。加工を止め、倉庫として使用する今日においても、その名残として私達は捺染工場と呼んでおります。
もちろん、この場所には足利織物、明治紡織時代には多くの機織機が並んでおりました。

 

前回の東京オリンピックの時は栃木整染株式会社製造(現トチセン)となっていたが、富国生命から発注された日本の国旗100万枚がここで染められた。布の表と裏に赤い丸がぴったり重なるように染めるのにも高度な技術が必要だったそうだ。

 

現在はフィルム加工製品を生産している。

http://www.tochisen.co.jp/

 

一番奥の年代物の扉。

 

そこをくぐった先に機械の博物館のような部屋があった。

 

 古そうなスイッチ類。

 

係りの方がスイッチを入れると、なんと多くの機械が動き出した。動力がベルトを介して伝えられる。モーターの唸る音も迫力があった。

 

ランプも古い。

 

捺染工場を出ると汽罐室(ボイラー室)

こちらも大正期の築(1912~1925)で、1941年の増築がある。

 

最初の部屋には「横置多管式ボイラー」

 

隣の部屋には「ランカシャボイラー」

 

昭和16年(1941)に製造された大型の炉管ボイラー。
円筒形の胴内に2本の炉管があり、保有水量が多く安定して蒸気を発生させるが、余りにも大型で保守管理が難しかったそう。

 

炉管の部分に明かりが設置されていて奥までのぞくことが出来た。

 

その隣の部屋には新しいタイプのものが。

 

この建物の迷彩はよりはっきりと残っていた。

 

反対側の壁面。 

 

ランカシャーボイラーの裏にあたるところのレンガが少し崩れていたが、この場所で「上敷免」の刻印がある煉瓦が見つかったのだそう。

 

その近くにあった木造建物。

 

内部には昔の道具が、資料館のように飾られていた。

 

これはいわゆる石炭ストーブか。

 

昭和3年の皆勤賞の箱。

 

仕切りの先は配電施設。

 

さらに隣の建物の中を抜ける。中央部分の天井が高くなっていた。

 

最後に見学したところがサラン工場(跡)

 

「サラン」は、サランラップ旭化成工業がつくるポリ塩化ビニリデン樹脂を糸にして織り上げた生地。防水性が高くアーケードの屋根、店先のひさしテンと、JR車両のブラインドに使われた。

 

鉄骨で増築されているが元は煉瓦建物だった。

 

その煉瓦建物部分の内部。

 

屋根を支える木組み。

 

古そうなスイッチだがこれも現役か。

 

仕切りの先は2階屋が設けられていた。

 

階段を上がって振り返る。事務所として使われていたスペース。

 

廊下の先に黒板のある会議室?があった。

 

さまざまなドラマや映画の撮影場所にもなっている。とと姉ちゃん陸王もここでロケが行われた。 

 

こちらも撮影用のセット。

 

以上でツアーは終了。非常に興味深く、また楽しかったです。

 

福居駅へ戻る。

 

駅前からトチセン方向。手前にある団地も、もとは工場敷地であったそう。

 

福居駅ホームの南端から。かつては大きな駅だったことがわかる。

 

上りホームへの階段はかつての線路上についていた。

 

ホームの北端から。足利市方面へ向かう特急。左の赤レンガがトチセン。