墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

中日向古墳群 栃木県足利市瑞穂野町

11月26日の日曜日は足利を再訪した。

8月下旬に足利の古墳巡りをした際に、足利市で年に一度の文化財公開があることをいただいたパンフで知ったので。

 

最初の目的地は中日向古墳群とした。足利市のほぼ南端に位置する。 

 

今回は電車利用の単独墳行、北千住から東武特急りょうもう1号を利用。館林駅普通列車に乗り換える。

乗ってきた特急をお見送り。

 

多々良駅で降りて普通列車を見送った。数人が下車した。

 

改札口の様子。本数は一時間に2,3本。

 

駅舎を外から。

 

駅前にあった観光案内図。駅は群馬県にある。

歩行者用経路として案内されていた群馬県立館林美術館までは20分、多々良沼浮島弁財天までは徒歩50分とあった。

中日向古墳群がある赤城神社まではグーグルマップで徒歩18分。

 

駅前を北に進んで踏み切りを越え、矢場川を渡る。渡った先が栃木県足利市

 

渡って右手、下流方向へ土手の歩道を進んだ。

 

しばらく行くと集落があり、木立を目指すと参道があった。

 

文化財公開中」の幟が立つ。

 

石段脇に標柱と説明板があった。

足利市指定 史跡 中日向古墳群(なかひなたこふんぐん)
足利市の南東部―瑞穂野町から高松町に及ぶ台地にはおよそ15基以上の古墳があるが、ここの古墳群はその一部で、前方後円墳2基、円墳3基からなり台地の東端部を占める。
1基の前方後円墳は、前方部とみられる西半部が道路で切断され、後円部の墳頂は平坦になり赤城神社の社殿が南面している。
他の1基の前方後円墳は台地の東北部を占め眼下に姥川が東流する。前方部を概ね東南に向け、墳丘全長約35mを測る。墳丘に葺石、埴輪は不明であるが墳丘形態から後期古墳で群集墳の様相を呈し、他の3基の円墳の主墳であろう。以上が群在するさまは極めて貴重である。
昭和58年12月21日指定 足利市教育委員会

 

まずは赤城神社に参拝。社殿は1号墳の後円部上にある。

 

東側の駐車場から見た社殿。1号墳を後円部の先から見ている形になる。

 

1号墳を西側から。道路で寸断された前方部になる。

 

 

道路に沿って境内の北側へ進むと古墳群が眠る林があった。

 

林の入口にあった説明板。

史跡 中日向古墳群
この古墳群は、瑞穂野町から高松町に広がる台地上に位置し、約15基の古墳が所在する。当史跡はその東端部を占め、前方後円墳2基、円墳3基からなる。
1号墳の前方後円墳は前方部を西に向け、墳丘の全長は50~60mと推定され、姥川沿いにある2号墳の前方後円墳は前方部を東南に向け全長妬く5mをはかる。円墳3基は、径15~22m、高さ1.1~2.2m。
2基の前方後円墳は群集墳の主墳であるが、大型のものは前方部がすでに破壊され、削平された後円部墳頂には赤城神社が鎮座している。
古墳群の在り方を示すものとして貴重である。
(昭和58年12月21日 足利市指定)
平成2年3月 財団法人足利市文化財団 足利市教育委員会

 

絵地図の部分のアップ。

 

3号墳は道路横。

 

その3号墳から道路側の眺め。

 

1号墳と3号墳の間を進む。左の低い膨らみが4号墳、右奥に5号墳、一番奥に2号墳。

 

少し進んで振り返って。前が4号墳、右奥に3号墳。

 

5号墳は墳丘が良く残っている円墳。

 

5号墳の墳頂から南側の眺め。

 

2号墳(前方後円墳)を横から。

 

 2号墳の墳丘。くびれ部から前方部。

 

振り返って後円部。

 

2号墳の前方部を横から。前方部墳丘をブロック塀が横切っていた。

 

 左から2号墳、5号墳、1号墳。

足利市文化財特別公開の一環としてパンフに載っていたが、ここは常時見学可では・・・

 

古墳の林のすぐ北側に矢場川の支流(姥川)があった。

 

橋を渡ってみる。

 

橋から見た古墳群の林。

 

右が古墳群の林、左が姥川。

 

矢場川の本流の土手を駅へと戻る。

 

駅の跨線橋を遠望。朝日がまぶしかった。