墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

早稲田奉仕園スコットホール 東京都新宿区早稲田

こちらも東京文化財ウィーク2017の東京都選定歴史的建造物の公開企画の一環。

都心と言ってもいいようなエリアに、こんな見事な赤煉瓦建物があったとは知らなかった。

大正10年(1921年)竣工、設計はウィリアム・メレル・ヴォーリズ

日曜日には礼拝が行われる講堂(右)とセミナールーム(左)があり、一般も有料で利用できる。 中央の塔屋(階段部屋)が建物を特徴づける。

 

早稲田大学と戸山公園の間の丘の上、穴八幡宮の裏手になる(早稲田大学の建物ではない)

 

早稲田奉仕園の前身となる、学生寮「友愛学舎」を創設したのはこちらのH.B.ベニンホフ博士(1874~1949)

 

こちらが講堂の入口。

 

窓のアーチ下の白く塗られた半円は当初からのデザインだそうだ。

 

2階の窓周りの柱やタイルに控えめな装飾が施されている。

 

煉瓦の色にムラがあるのは、均一な出来のものだけを選ぶような金銭的余裕がなかったからだそうだが、 それがかえって味わい深い風合いになっている。

 

階段脇に説明板があった。

スコットホール
この煉瓦組構造の建物は、1918年の米国バプティスト総会で報告された早稲田奉仕園の事業に強く賛同されたJ・E・スコット夫人(1851~1936)によって、天に召された夫の記念として寄贈されたものです。
ヴォーリズ建築事務所の設計原案に基づき、早稲田大学内藤多仲教授研究室が施工監理を行い、同研究室の今井兼次教授(当時)が担当者となって設計を完成させ、竹田米吉店が施工を請け負いました。
1922年(大正11年)1月に献堂式を行い、翌年の関東大震災で塔屋の一部が崩落し補修された以外は、現在もほぼその原形が保たれています。
1990年東京都より「歴史的建造物の景観意匠保存」の指定を受け、寄贈者の志を覚え永く後世に保存したいとの願いから、1991年に多くの賛同者の寄付・協力によって構造の補強と外観の全面改修保存が行われました。
2008年10月 公益財団法人 早稲田奉仕園

 

公式サイトにはゆかりの方々やかつての建物などの写真が詳しい解説とともに掲載されている。

 https://www.hoshien.or.jp/about/scotthallstory.html

 

建物周囲も通れるようになっていた。 

 

窓のない場所にもアーチのデザインが施されている。

 

裏手の駐車場側から。1階(半地下)の扉の先はかつて厨房があり、2階へ食事を運ぶエレベータが取り付けられていたとのこと。

 

講堂と直角につながる棟(現セミナールーム)の端には、外に出られるテラスもあった。

 

テラス側には半地下のギャラリーへの入口がある。

 

こちらは塔屋下の入口。

 

3連の窓がアクセントになっている。

 

講堂の内部。この日限定のツアーはここからスタート。

 

屋根を支える木材がよく見える。

 

舞台開口部の上部は角に丸みを持たせている。ヴォーリズ建築の特徴だそう。

 

舞台から入口側。鉄骨の入らない煉瓦積みによる大空間だが、関東大震災にも耐え、戦災もくぐり抜けた。

 

2階の窓が黄色いのは、この講堂で結婚式が行われるようになって、何か装飾をしようとした結果とのこと。

 

2階から見下ろしたところ。

 

木製の柵は、下が膨らむ優美な形となっている。

 

講堂内部の煉瓦壁のアップ。目地は東京駅などと同様に覆輪(ふくりんの仕上げとなっている。

 

講堂から扉を抜けると階段棟。 

 

廊下にもアーチ。

 

1階の暖炉。

 

 

こちらは2階の暖炉。この部屋では設計図などの資料を見ることができた(撮影不可)

 

その部屋からはベランダに出られる。ベランダは当初のヴォーリズの設計図にはなかったものだそうだ。

 

ベランダから見た外壁・暖炉の裏側。 

 

煉瓦の貼り方が一部凝っていた。

 

室内や廊下の天井・壁も、角を埋めて丸くやわらかい処理がされている。

 

この日の見学ツアーでは、塔屋の最上部に上がることができた。

 

その室内。下の扉が階段へつながる。

 

天井の様子。

 

屋根上に出る扉もあった(隣にはツアーの係りの方がいます)

 

ちょっと海外旅行の雰囲気。

 

隣の棟の屋根裏も覗かせていただけた。

 

寮で暮らした学生が残した名前(あだ名)か?

 

ツアー終了後はギャラリーで写真展を観た。