墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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岩崎家廟堂 東京都世田谷区岡本

前回のつづき。

静嘉堂文庫美術館の明清絵画展へ行った折、敷地内にある岩崎家廟堂を訪ねた。

美術館建物の左手の小路を入ってすぐ先に建つ。

 

明治43年(1910)、ジョサイア・コンドルによって建てられた。

 

解説板は美術館のそばに立っている。

岩崎家廟堂案内
この奥にある青緑色のドームを戴く白亜の建物は、静嘉堂文庫を創設した岩崎彌之助の霊廟として建てられ、岩崎彌之助、小彌太をはじめ岩崎家代々の墓である。
明治43年3月、わが国西洋建築の始祖ともいうべきジョサイア・コンドルによって建てられた。コンドルは鹿鳴館、ニコライ堂、三菱一号館なども設計している。
青銅の扉に刻まれている中国二十四孝のレリーフ並びに前面の大香炉は岡崎雪聲の作である。また森の奥には、松方正義の文と書による男爵岩崎君墓碑がある。
この霊廟は平成11年4月東京都により歴史的建造物に選定された。
平成24年9月 世田谷区教育委員会

 

 建物は西洋建築だが、正面の大香炉は古代中国風。

 

正面扉のレリーフも中国二十四孝(孝行に優れた24人)

 

門の左右は青銅の狛犬が守っている。

 

丸いドーム、各側面のアーチがやさしい雰囲気を醸し出していた。

 

グーグルアースでも可愛らしい形がよくわかる。 

 

側面から。

 

背面から。

 

廟堂の南側も静嘉堂文庫の敷地だが、すぐに急な斜面になっている。 

 

公園の案内図に美術館の右手からの通路が示されていたので行ってみた。

 

建物の下をくぐる抜け道があった。

 

その先には見晴台が。

 

廟堂の建物も、木々が繁る前は多摩川方面から目だっていたのではないか(かつての古墳群と同じように・・・)

 

これまでに訪ねたジョサイア・コンドル設計の建物。