墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

観音堂古墳 栃木県那須郡那珂川町吉田

前回のつづき。

那珂川町吉田の那珂川沿い段丘上には20期以上の古墳が連なるが、北側が那須温泉神社古墳群、南側が那須八幡塚古墳群と呼ばれている。

なす風土記の丘資料館で購入した素敵な図録「那須小川古墳群 2003年」27頁 吉田温泉神社古墳群と那須八幡塚古墳群全体図と地籍図より。

 

農道のような散策路、北側から遠望した那須八幡塚古墳。その先の倉庫のような建物の右奥が吉田富士山古墳の墳丘の木立になる。

 

上記のあたりから東側、木立の先の崖下が那珂川

中央に見える祠は弥生時代の方形周溝墓。

 

そのすぐ北に、観音堂古墳があった。 

 

墳丘上に観音堂が建つ。標柱には観音堂付古墳とあった。

 

現地の説明板。 

観音堂古墳は「小さな張出しのある不整形な隅丸方形の古墳」全長約31mで最大9mの周溝を持つ。古墳時代前期。

観音堂古墳
観音堂古墳は墳丘の規模が約31mの不整形な隅丸方形を示し、南側には小さな張出しをもっている。墳丘は当時の表土上に周囲を削った土を盛り上げたもので、墳裾の一部には敷石も見られる。周湟(しゅうこう)は不整形ながら認められ、幅の広い南側では9mをはかる。築造時期は、周湟から出土する土師器の器台、壺などの特徴から古墳時代の前期に位置付けられる。那珂川町

 

屋根の形が端正な御堂だった。

 

やさしい尊顔の石像があった。

 

御堂の裏側は少し高くなっている。

 

すぐ先は切れ落ちた崖。

 

 

那珂川の方向は屏風のように木立が繁って遠望がなかったが、少し先に"小窓”が開いていた。

 

川面へ降りる道があったが、先を急いでいたので次の機会とした。