墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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豊洲橋梁跡(橋脚のみ) 東京都江東区豊洲~塩浜

前回のつづき。

晴海橋梁を見た後、その線路が来ていた越中島貨物駅の方向を辿った。 

晴海通りを戻って巨大な歩道橋を渡る。

 

十字形で長辺は75m。

 

歩道橋上にも交差点があった。

 

夕陽を映す窓。

 

芝浦工業大学の豊洲キャンパスを通り過ぎて、タワーマンションエリアへ。

 

軌道跡の方向を辿ると、豊洲運河に残る橋脚があった。

 

手前と奥に2つ残っている。

 

東京時層地図のアプリより、中央が深川線の豊洲橋梁。晴海橋梁へ分岐する支線はまだ出来ていない。

 

上記の35年後のズーム。25年ほど前にはまだ鉄橋が架かっていた。

 

このときは豊洲運河は渡らずに豊洲駅へ戻った。背後に橋脚がある。

 

豊洲北小学校(右)とツインタワーマンション(左)との間の歩道。

 

その先の歩道上に鉄路が残されていて、思わず「おーっ」と(小さく)声が出た。

 

そこから先は道路と公園で、線路の痕跡はなかった。

 

そこから振り返って。

 

信号を渡ると錨も置かれていた。

かつて使用されていたものが産業遺構のモニュメントとなっており、小さな説明板には昭和初期から石川島播磨重工業の造船工場等が操業、日本の基幹産業の発展に貢献した豊洲の歴史を語り継ぐために2006年に設置されたとあった。