墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

高田富士(水稲荷神社)への登拝 東京都新宿区西早稲田

西早稲田水稲荷神社へは昨秋、移築された古墳を見に参拝した。

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その時は、同じ境内に富士塚があったことに全く気づいていなかった。

この「高田富士」こそが、安永9年(1780)に築かれた江戸市中最古の富士塚と知り、7月16日に再訪した。

こちらの富士塚は年に一度、海の日とその前日にのみ登拝が許されているとのことなので貴重な機会。

 

早稲田通りの西早稲田交差点から北へ降りる坂の途中に階段のある参道があった。

 

水稲荷神社富士祭の提灯が飾られる。

 

水稲荷神社への参道には屋台も出始めていた。

 

水稲荷の拝殿に参拝し、その裏の富塚古墳へも参拝。

 

他に誰もいない。

こちらが古墳を再利用した富士塚だと思っていたのは誤りだった。

 

参道を戻っていくと、最初の提灯の門からすぐのところに登山道の看板が出ていた。

 

高田富士の解説板。

高田富士

安永9年(1780)、大先達 日行藤四郎が身禄同行という富士信仰の人達(富士講)と白い行衣を身につけて、富士山頂の岩や土を運んで、9年5ヶ月の末、ついに富士塚を築きました。藤四郎の富士登拝は、58回ともいわれています。

御山は高さ10m、江戸の人造富士中最大最古のものです。

江戸の町民で富士山に行きたくとも行けない人達は、この富士山に登って、富士講富士登山すると同じ心境を味わうことができるということで大変な人気でした。 これのまねをして江戸のあちこちで富士塚が造られました。

御祭日は7月16,17日(2017年)、ふもとに浅間大神を祀り、5合目に小御岳大神を祀っており、毎年富士祭として3日間(2日間?)御山登拝ができます。

順路にそって足元に気をつけて登ってください。道のない所は危険ですから行かないでください。

 

築造に9年半もかかっている。58 回もの富士登山は現代の装備でも困難なのでは(当然1合目からであるし山小屋もないであろうし)

山頂から重い溶岩を持ってくることなど無理(しかも江戸まで!)

 

富士塚は広重も描く名所となった。

 

登り口は、富士塚に関する資料のギャラリーになっていた。

 

いざ登山道へ。

 

矢印に従って進む。

 

板に墨文字の説明。

 

最初は頂上が見えない。

 

登山道に沿って電灯が連なっている。夜間登拝も行われるようだ。

 

頂上が見えてきた。

 

山頂の祠に参拝。

 

こちらの山頂では鐘を鳴らすようになっていた。2回長く、4回短く、最後に長く1回、計7回鳴らす。下山してからも鐘の音が響いていた。

 

山頂から水稲荷の参道。

 

樹林に覆われて遠望は効かなかった。

 

登山道は一方通行で、下山の道は別にあった。

 

下山途中から山頂。

 

下山口。

 

降りてすぐ右手に胎内窟もあった。

 

近くには大正期に胎内窟を修築した際の大きな石碑があった。

 

登山口の左手に浅間神社拝殿があった。夏山登山の無事をお願いした。

 

入口に「ギャラリー」にあった昭和30年代の写真。

 

新宿の成子天神社富士塚の勇姿もあった。

 

公式サイトには夜の写真もある。登拝者が少ないと思っていたら、夜に大賑わいになるようだ。海の日の夕暮れ、都心の富士山に登拝されてみては。

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