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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

遠藤新設計・旧近藤邸(軽食&喫茶すかいはーと) 神奈川県藤沢市鵠沼東

建築物、公園、街道、坂道

前回のつづき。

遠藤現氏による解説ツアー、今春取り壊し 片瀬山幼稚園を訪ねる(遠藤楽設計)| 新宿教室 | 朝日カルチャーセンターの後半に訪ねたのが、藤沢市民会館の前庭に移築されている旧近藤邸。遠藤新の設計で大正14年(1915)に竣工した個人住宅(もとは海岸近くの別荘)

 

現在は藤沢市の所有でカフェとなっているので、営業中はいつでも中に入ることができる。

 

玄関前にある説明板。

近藤邸について
旧近藤邸は、関東大震災の直後の1925年(大正14年)、藤沢市辻堂の松林に別荘として建てられました。当時の和洋折衷の代表的な建物といわれています。建て主の近藤賢二氏没後、所有者が変わり、老朽化に伴って取り壊しが決定されましたが、保存を望む声が近隣の住民や建築家から起りました。「旧近藤邸を守る会」を中心とする1年余りの保存運動の結果、藤沢市によって移築保存されることになりました。1981年3月、藤沢市民会館の前庭に移築され、今日に至っています。
設計者・遠藤新
旧近藤邸を設計した遠藤新は、1914年(大正3年)に帝国大学を卒業後、帝国ホテル(旧館)の設計で知られるアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトに6年間師事し、その思想を学ぶと同時に、日本の生活と風土に合わせた独特の様式を編み出しました。常に建築と人間との調和を考え、西欧の模倣ではない「真の日本の住宅」を追い求めた遠藤新の精神を、旧近藤邸の随所に読み取ることができます。
旧近藤邸施設見学案内
所在地 藤沢市鵠沼東8-1
見学時間 午前9時から午後5時まで
休館日 月曜日・休日の翌日 12/28~1/4

社会福祉法人ひばりは、藤沢市内において障がい福祉サービス事業所及び保育所を設置する社会法人です。すかいはーとでは、障がいのある人たちが軽食・喫茶の業務をとおして、一人ひとりの自律や社会参加などに向けた活動(就労継続支援B型)を行います。

藤沢市のサイト旧近藤邸にも同じ解説があった。

 

まずは建物を一周する。

 

反対側に回るとL字型のテラスがあった。木で組まれた藤棚以外はオリジナルの形。 

 

フランク・ロイド・ライトの「プレイリースタイル」を受け継いだ建築様式となっている。

 

室内に飾られていた竣工当時の1/50模型(制作は東海大学住宅研究会 武谷氏)

旧所在地は神奈川県藤沢市辻堂東海岸3-4で、3000坪の敷地であったそう。もとの屋根は現状のようなコロニアル風ではなく「栗こぼ葺」であったとのこと。

 

長方形に石が組まれた池も復元されていた。 

 

テラスの上のパーゴラは加地邸でも拝見した形。

 

さらに回ると、2階の屋根の張り出しがよく観察できた。

 

カフェスペースはかつての居間で、作り付けの長椅子は当初の形。

ここで食事をすることもできる。

 

上記の奥にある和室。床面を少し高くして、洋間の椅子の人と目線が合うようにしている。

 

縦の格子が和の雰囲気。

 

床の間のようなスペースと、壁沿いには長机の板が廻してある。

 

菱形に縦のラインが入った窓。

 

居間のテーブル、椅子もオリジナル。

 

大谷石組みの暖炉も。旧帝国ホテルを思わせる。

 

こちらは居間と90度の位置になる和室。カフェにもなっていてまったりできる。

 

窓が、市松模様のようなデザイン(板が嵌められる)であるのは、当時ガラスが高価であったことからだそう。外もよく見えるが、中にいる感じが強まっていて落ち着く空間だった。

 

上記の和室と背中合わせに、洗面所やかつての浴室、旧女中部屋があり、2階への階段があった。

 

2階は階段室と和室が一部屋。ここにも作り付けの長椅子が。

 

出窓に設けられた一畳分くらいのスペース。

 

同じ部屋にもうひとつ出窓スペースがあった。ここも子供が喜びそうな”特等席”だが、近藤家はお子さんが11人いたそうだ。4つの面すべてに窓があり、海辺の風が抜ける大変気持ちの良い家だったことが想像できた。

 

階段室から屋根上テラスへ出るドアも設けられていた。 

 

階段室の明かり。階段室は、ただの通り道ではなく、ちょっと広めで溜まれる場になっている。。

 

上から見た階段。 

 

階段の曲り角は天井に頭をぶつけないように、三角のデザインで凹みがつくられていた。

 

飾られていた平面図。

 

外に出た先には藤沢市民会館。 

 

その隣のペデストリアンデッキから。河津桜が家族を見守っているようだった。