墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

神田界隈の寺社とモダン建築・5 神田明神

前回の続き。

湯島聖堂を訪ねた後、すぐ北に鎮座する神田明神も訪ねた。

湯島坂を一旦降りて地図にあった石段からアプローチすることに。

細道を左にはいると、マンションの谷間に昔からの家屋も。

 

維持は手がかかると思うが残ってほしい貴重な木造家屋。

 

リニューアルされたような木造店舗もあった。

 

その正面にそびえる石段。

 

踊り場があって助かる。

 

なかなかの急傾斜。

 

上端に標柱が立っていた。

明神男坂
この坂を明神男坂といいます。明神石段とも呼ばれます。「神田文化史」には「天保の初年当時神田の町火消「い」「よ」「は」「萬」の四組が石坂を明神へ献納した」と男坂の由来が記されています。この坂の脇にあった大銀杏は、安房上総辺から江戸へやってくる漁船の目標になったという話や、坂からの眺めが良いため毎年1月と7月の26日には夜待ち(観月)が行われたことでも有名です。

平成8年3月 千代田区教育委員会

 

 神田明神は実はこれが初参拝。こんなに高低差のある場所にあったとは。

 

明神男坂から上ると参道の右手から入る形になる。

参拝するつもりだったが行列に躊躇してしまった。この日は 2月19日の日曜日で、まだ受験シーズン中だったからか。

神田明神 - Wikipediaによれば、神田祭で有名な神田明神は、社伝では天平2年(730)、武蔵国豊島郡芝崎村に入植した出雲系の氏族が大己貴命(オオナムチノミコト:大黒様)を祀ったもので、もとは将門の首塚があるあたりの伊勢神宮の御田(おみた:神田)があった土地に神田ノ宮として鎮座していたが、江戸城増築に伴い慶長8年に神田台へ、元和2年(1616年)に現在の外神田へ遷座した。

承平5年(935)に敗死した平将門の首が京から持ち去られて社の近くに葬られたものが将門の首塚で東国の平氏武将の崇敬を受けたとのこと。平将門神田明神の祭神となっている。

 

ちなみにこちらの方のブログで将門の首塚は、もとからそこにあった古墳の上に築かれたことを初めて知った。写真もあって大変興味深い。

「柴崎古墳」=将門首塚の面影。:落合道人 Ochiai-Dojin:So-netブログ

 

社殿を周囲を左回りに巡った。北側の眺め。

 

北側の蔵前橋通りに降りる参道。

 

梅が香っていた。

 

瓦の上には鳳凰

 

社殿の周囲には多くの摂末社があった。

神田明神|東京都千代田区外神田2-16-2|境内図

 

こちらのえびす様尊像は東京藝術大学学長・宮田亮平氏の作。

 

石造りでは日本最大のだいこく様尊像。

 

さきほど湯島聖堂で草を食んでいたのは神馬・神幸号だったようだ。

 

一回りすると行列は延びてしまっていたので、参拝は次の機会とした。

 

参拝客が多いのは情報発信に力を入れているからか。

神田明神|東京都千代田区外神田2-16-2|新着情報

 

神田明神の東側の宮本公園に向かうと、手入れの行き届いた雰囲気の日本家屋があった。

 

門前にあった説明板。

井政(いまさ)

京都の祇園祭、大坂の天神祭、東京の神田祭、いずれも御霊信仰によって生れた祭礼ですが、今も盛大に続いているのは、「善政を願い、悪政を憎む人々の心」が変わらないからではないでしょうか。その心がある限り、将門公の魂とともに神田祭は生き続けていくと思います。
井政十六代目 史蹟将門塚保存会会長 神田明神氏子総代 遠藤達蔵

 

千代田区指定有形文化財(建造物)
平成20年4月1日指定
遠藤家旧店舗・住宅主屋 一棟
遠藤家旧店舗・住宅主屋は、江戸時代以来材木商を営んできた遠藤家(屋号「井政」)の店舗兼住宅として昭和2年(1927)に鎌倉河岸(現内神田1丁目)に建てられました。その後、昭和48年(1973)に都心の開発に伴う建て替えの際、旧家屋の解体を惜しみ府中市へ移築されましたが、文化財指定に伴いここ宮本公園に移築されました。この建物は、戦前の店舗形式をよく伝えている展、江戸時代からの伝統的な建築技術を受け継いでいる点、また、材木問屋という職業柄、良材や銘木が建物全体に使用されている点などから貴重な建築物といえます。文化財指定にあたり、できる限り鎌倉河岸に所在していた時期の姿に戻すこととし、本来あった土間を復元しています。また、一階六畳の茶の間は、茶室として改修されています。
平成21年4月 千代田区教育委員会

 

門の中に「closed」のサインがあったので、調べたら平日はカフェとなっていた(土日休) 

About | 井政 – IMASA

 

再訪して内部も見学したい。

 

欄干の細工も見事。

 

最後に参道正面の随神門。昭和50年の建立。

 

湯島坂に面した鳥居。左脇の甘酒の天野屋が賑わっていた。

 

千代田区指定文化財の糀室があるそうだ。

 

残念ながら一般公開はしていないそう。

 

御茶ノ水駅に戻って、ホームから見た湯島聖堂。ちょうど目の前で丸の内線が行き交った。