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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

台東区立書道博物館(中村不折記念館) 東京都台東区根岸2丁目

常設展、企画展

今月初めに上野の東博で 「博物館に初もうで」展 を見た際に、東洋館で開催中の「董其昌とその時代」展が鶯谷書道博物館と共催(同時開催)であることを知りました。

3月5日までで、現在は展示替え後の後期作品。

董其昌とその時代 ー明末清初の連綿趣味ー | 台東区立書道博物館

 

書道博物館へは、実は昨年11月に初めて訪ねました。

洋画家で書家の中村不折 - Wikipedia(なかむらふせつ:1866~1943)が、その半生をかけて蒐集したコレクションによる博物館で、昭和11年に私設博物館として開館、中村家により維持管理されてきたが平成7年に台東区に寄贈され、平成12年にリニューアルオープン。

中村不折について下記の公式サイトによると、洋画を学んだ後に日中戦争従軍記者となった際に書や漢字の研究、金石学(古代の金属器・石刻の銘文等の研究)を始めて書家としても一世を風靡し、「新宿中村屋」の看板、清酒「真澄」「日本盛」のラベル、「信州一味噌」「筆匠平安堂」などの揮毫や、夏目漱石「吾輩ハ猫デアル」、島崎藤村若菜集」、伊藤左千夫「野菊の墓」などの装幀・挿絵も手がけているそうです。

書道博物館創設者中村不折について | 台東区立書道博物館

 

それほど広い博物館ではありませんが、5部屋に分かれた展示は大変充実していて、「書」だけでなく中国の石仏や青銅器、殷代の甲骨から漢代の塼(せん:煉瓦)、さらに印章や鏡、鐘や瓦、飛鳥の金銅仏など、非常に多くの貴重な遺物を興味深く拝見しました。

今回の企画展示では、中国の明末清初の文人が描いた山水や花鳥などの絵も見ることができます。

書や漢字に興味がある方はもちろんですが、中国画や考古物に興味がある人は、もしまだでしたらこの機会に行ってみるとよいかと思います。

 

下記の写真は11月に撮ったものが主体です。

場所は鶯谷駅の北口の細道沿い、住宅街の中にあります。 

 

ただし後ろを振り返ると、全く違う風景です。

 

このときは、中村不折生誕150年記念展が開催されていました。

 

こちらの建物が昭和11年からの本館。 

 

道路に面して立つ説明板。

東京都指定史跡 中村不折旧宅(書道博物館
所在地:台東区根岸2-10-4
指定:昭和27年11月3日
中村不折は、明治・大正・昭和初期の洋画家で書家であり、慶應2年(1866)7月10日江戸八丁堀に生れた。幼名を鈼太郎という。少年時代を長野で過ごし明治20年(1887)上京し、浅井忠や小山正太郎に師事し、明治美術会に出品するほか、「小日本」新聞の挿絵なども担当していた。明治34年(1901)から4年間フランスに留学し、ラファエル・コランやジャン=ポール・ローランスの教えを受けた。帰国後は、太平洋画会や帝国美術院の会員として展覧会活動を行う一方、太平洋美術学校校長として後進の育成にも力を入れ、多くの逸材を育て美術教育にも貢献した。
書道界では、書家としての活動の他に書道博物館の創設者としても知られている。昭和11年(1936)11月3日に開館した書道博物館は、中国と日本の書道史研究上重要なコレクションを有する専門博物館で、重要文化財12点、重要美術品5点を含む1万6千点が収蔵されている。昭和20年(1945)4月の空襲で中村邸の居宅と蔵は焼失したしまったが、博物館とその収蔵資料および不折の胸像や石燈籠などは焼失を免れた。不折は大正2年(1913)から亡くなるまでの30年間、この根岸の地に住んだ。昭和18年(1943)6月6日78歳で死去、多磨霊園に葬られた。
平成13年3月31日設置 東京都教育委員会

 

どの展示室も撮影禁止でしたが、中庭は許されていました。

 

中庭にあった大谷石の蔵。

 

明治時代に建てられたものでした。

中村不折が建てた明治時代の蔵
明治32年(1899)12月、34歳の中村不折は、下谷区中根岸31番地(現・台東区根岸3丁目12番地)に居を構えると、敷地内に大谷石の蔵を建てました。そこには、画家であり書家でもある自身の作品をはじめ、その後の書道研究に大いに寄与することとなる中国及び日本の文物や、フランス留学時代に収集した絵画に関する資料なども収蔵していました。大正4年(1915)に、不折が現在の場所に転居するまでの間、この蔵は、これらの貴重な所蔵品を大切に守り続けました。
不折は、転居後も本館前の蔵(大正)や本館(昭和)を建立し、さらに平成には、台東区がその意思を受け継ぎ、中村不折記念館を建設しました。この蔵の移設・復原により、当地に明治から平成に至る時代の施設が共存することになりました。とりわけ、この蔵は、画や書への不折の情熱と生涯にわたる活動や研究の象徴であり、道路拡張工事により偶然に発見されました。明治時代の大谷石造りの蔵は、数が少なく貴重なものであることから、この場所に当時の姿を今に現しました。
平成25年6月 東京都台東区

 

復原された明治の蔵を別の角度から。

 

こちらは大正期の蔵。

 

中庭から見た本館。

 

展示室は外廊下で繋がっています。右奥の展示室は引き戸でした。

 

紅葉には少し早い11月上旬。 

 

1月中旬に同じ位置から。

 

葉が落ちて明るい中庭でした。胸像は中村不折

入館料は一般500円。ぐるっとパスで”入場”できます。