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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

野毛大塚古墳展 @世田谷区立郷土資料館

今年の8月に出土遺物が重要文化財に指定されたことを記念した「野毛大塚古墳展」へ、12月4日の最終日に見に行った。

 

会場は世田谷区立郷土資料館。東急世田谷線の上町停留所から徒歩3分ほど。

昭和39年(1964)9月に開館した都内最古の公立地域博物館で建物の設計は前川國男

本企画展は2016/12/4で終了し、現在は「ボロ市の歴史」を開催中だが、常設展の考古資料も充実している。世田谷区立郷土資料館 | 世田谷区

 

野毛大塚古墳は3年前の5月、古墳に興味を持ち始めた頃に訪ねた思い出の場所(下記写真は当時のもの)野毛大塚古墳 東京都大田区 - 墳丘からの眺め

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 全長83.5m・直径68m、高さ10mの堂々たる「帆立貝式古墳」

 

入館無料。特別展示も撮影可となっていた。

 

多摩川が削った洪積台地・荏原台の縁には古墳時代に連綿と古墳が造られた。

古墳時代前期(4世紀)には少し下流の田園調布に宝莱山古墳や亀甲山古墳など100m級の前方後円墳が築かれたが、5世紀初頭には2kmほど上流のエリアに”野毛大塚古墳が突如造られて御岳山古墳・狐塚古墳・八幡塚古墳・天慶塚古墳などが続いたと考えられている。

野毛大塚古墳から出土した副葬品の武具や柵形埴輪、さらには帆立貝形という墳形などには、畿内の百舌鳥古市の周辺古墳との共通点が多く見られることから、野毛大塚古墳の被葬者が”首長権を奪取した”きっかけは、新興間もない畿内政権とのつながりがあったからと考えられるとのことで、とても興味深い内容だった。

 (同展の展示パネル)

 

田園調布と野毛の古墳群比較表。 

ちなみに、田園調布の宝莱山古墳(全長97m)、亀甲山古墳(全長107m)が築かれた4世紀後半には、多摩川の対岸に白山古墳(川崎市・全長87m)、観音松古墳(横浜市・全長70~90m)も築かれていた。

白山古墳跡 夢見ヶ崎・加瀬台古墳群探訪その6 神奈川県川崎市幸区南加瀬 - 墳丘からの眺め

観音松古墳跡 神奈川県横浜市港北区日吉 - 墳丘からの眺め

 

野毛大塚古墳の築造時の姿を表した模型。

 

平成元年からの調査で、墳丘規模や墳頂部の4つの埋葬施設が確認された。

 

平成調査時の写真も見ることができた。前方部の裾の葺石が見て取れる。

 

後円部墳頂部からは4つの主体部(埋葬施設)が確認された。

 

上記に第1~第4主体部の位置は以下の通り(常設展パネルから)

 

上記の右の石棺は、実物大のレプリカが展示されていた。

 

中央の主軸上にある”第一主体部”は長さ7.45mの長大な割竹形木棺で、銅鏡・銅釧・石製模造品、勾玉・管玉・丸玉・臼玉などの玉類、堅櫛、刀子と、鉄刀・鉄剣・鉄鉾・鉄鏃などの武器と甲冑類の武具などの副葬品が収められていた。

 

そこに収められていた三角板革綴衝角付冑(さんかくいたかわとじしょうかくつきかぶと)

 

当時の最新の武具であったらしい。きれいに修復されている。

 

出土時の様子。

 

復元模型も展示されていた。

 

甲冑の縁(錣・しころ)や肩等の部分(短甲)は原状復元に至っておらずパーツの展示となっていた。

 

パネル解説。4世紀末頃から甲冑の技術革新があった。

 

防具だけでなく攻撃用の武器も数多く出土している。

 

さまざまなタイプの鉄刀。

 

鉄の剣や槍先もある。

 

こちらは鉄のやじり。 

 

第3主体部からも多くの鉄刀類が。

 

勾玉や管玉などの美しい装身具。

 

「竪櫛(たてぐし)」は初めて見た。細い竹ひごを重ね曲げて根元を結わいた髪飾りだが、歯は朽ちて漆を塗った”頭部”が残っている。

 

今回野毛大塚古墳の特別展は、今年8月に出土資料が国の重要文化財の指定されたことを記念して開催されている。国重要文化財 東京都野毛大塚古墳出土品 | 世田谷区

 

埴輪や土器、石製模造品などの出土品も展示されていた。

 

左が斧、右が手斧を小さく模した石。

 

こちらは土師器・須恵器の展示パネル。

「生産が始まって間もない初期須恵器が、生活のための実用品としてではなく葬送時の供献用として使用されていることは、東国の野毛大塚がいち早く畿内政権の祭祀様式を継承した根拠となる」とあった。

 

高坏と円筒埴輪。

 

埴輪展示のパネル。普通の円筒埴輪、朝顔形円筒埴輪、タテ突帯をもつ特殊な鰭突付円筒埴輪が前方部、墳丘裾部、テラス部、墳頂部を巡っていた。
造出部には横断面形が楕円で上端に山形の鋸歯文をつくる柵形埴輪と鶏形埴輪、家形埴輪が置かれていたと考えられている。

 

朝顔形埴輪、鰭付円筒埴輪、そして右の2つが柵形埴輪。

 

 王冠のような柵形埴輪。

 

その解説。古墳時代前期後半から中期にかけて畿内を中心に分布しているとある。

 

鶏形、水鳥形、家形埴輪は破片のみ。

 

とさかが表現されていた。

 

 

特別展では野毛大塚古墳だけでなく、近くの御岳山古墳、八幡塚古墳の出土品も展示されていた。

 

短甲が2つ出土している。展示はレプリカで実物は学習院大学に。

 

鈴が回りについた「内行花文七鈴鏡」も出土している(実物は満願寺蔵)

4月に訪ねたときの様子。 

massneko.hatenablog.com

 

 

八幡塚古墳の出土品もあった。

 

獣形鏡や石製模造品、ガラス小玉の実物。

 

鉄鏃には細長い”茎”がついていた。

 

鉄刀や鉄槍も。

 こちらは10月に墳丘をちらりと見た。

massneko.hatenablog.com

 

充実した展示を堪能した。

このあと、常設展示も見学した。