墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

高松塚古墳 奈良県高市郡明日香村平田 

前回のつづき。

高松塚古墳キトラ古墳から北に約1kmの場所にあり、周囲は国営飛鳥歴史公園の高松塚地区として整備されている。

復元壁画の常設展示施設、高松塚壁画館もあるが開館は17時まで・入館は16時半までで、すでにその時刻を過ぎていた。

公益財団法人 古都飛鳥保存財団|1300年前の極彩色~美の世界を体感~ 高松塚壁画館

園内には飛鳥の歴史が学べる飛鳥歴史公園館もあるがこちらも17時まで(12月~2月は16時半まで) 

 

が、高松塚古墳の墳丘は間近で見学することができた。

 

こちらの墳丘もキトラ古墳と同様に斜面に築かれている。斜面の向きは南西。

 

築造当時の姿に復元されているが、上部は通常の円墳のようにプリン型となっている。

円墳の下段が径23m・上段が径18mと、キトラ古墳(下13.8m・上9.4m)より大きかった。

 

現地の説明板。

特別史跡 高松塚古墳
特別史跡指定:昭和48年4月23日
史跡指定:昭和47年6月17日
高松塚古墳は7世紀から8世紀の初め頃に造られた古墳です。昭和47年の発掘調査で、日本で初めて、石室内に描かれた壁画が発見されました。墳丘の内部には、16枚の凝灰岩の切石を箱型に組んだ石室(内部の奥行き265.5cm、幅103.4cm、高さ113.5cm)があり、その内面に塗られた漆喰を下地として、壁に色鮮やかな男女群像や青龍、白虎、玄武、日・月像、天井に星宿が描かれていました。こうした壁画古墳は、日本ではこの高松塚古墳キトラ古墳しか知られていません。石室は中世に盗掘されていましたが、大刀の飾金具や銅鏡、ガラス玉などの副葬品の一部と、漆塗り木棺の破片などが出土しています。
壁画の発見後、石室南側に保存修理のための施設を建設し保存対策を行いましたが、壁画の劣化を止められず、平成17年に、石室ごと取り出して修理することを決定しました。平成19年に石室を墳丘から取り出し、約500m離れた仮設修理施設で修理作業を進めています。現在の高松塚古墳は、発掘調査の成果などをもとに、築造当時の姿(下段部直径23m、上段部直径18mの2段築成の円墳)に復元したものです。
平成21年 文化庁

 

高松塚古墳 - Wikipediaにある、国宝「高松塚古墳壁画 西壁女子群像」の画像。

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記念切手が発売されたのは発見翌年の1973年。あのころは切手集めが流行っていた。 

 

壁画が取り出され保管されている仮設修理施設も公園内にあり、内部を春と秋に見学できる。

国宝高松塚古墳壁画修理作業室の公開(第15回)について|文化庁

 

こちらの方のブログに、見学の様子が詳しく記されている。

『国宝高松塚古墳壁画修理作業室の公開』@明日香村 (by 奈良に住んでみました)

 

下から見上げる墳丘。

 

墳丘横の階段を上がる。

 

横からみた墳丘。

 

後ろへ回っていく。

 

裏側(斜面上側)からは墳頂のシルエット。

 

 

飛鳥歴史公園の案内図。結構広い。

園内には中尾山古墳があり、近くには文武天皇陵もあるが、次の機会とした。

 

墳丘(のそば)から南側の眺め。

 

西側。金剛山(左)と葛城山(右)

日は没してしまったが、もう一ヶ所訪ねたいところがあった。

つづく。