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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

「殿塚・姫塚古墳発掘60周年記念 甦る九十九里の埴輪群像 ~3D考古学の挑戦~」展 @早稲田大学 會津八一記念博物館

常設展、企画展

早稲田大学會津八一記念博物館で、房総の九十九里エリアの埴輪が並ぶ素晴らしい企画展を見た。 11月19日(土)まで。入館無料。

 

タイトルは「殿塚・姫塚古墳発掘60周年記念 甦る九十九里の埴輪群像 ~3D考古学の挑戦~」

 

以下は公式サイトから。

殿塚古墳と姫塚古墳は、千葉県横芝光町に所在する中台古墳群に位置する古墳時代後期(6世紀中頃~後半)の前方後円墳です。1956年に早稲田大学教育学部の故・滝口宏名誉教授の主導のもと、地域ぐるみで学術調査が実施され、姫塚古墳からは、日本最大級の人物埴輪を含む40個体以上もの形象埴輪群が列をなして検出されるなど、全国的な脚光を浴びました。この調査によって、当域の大型前方後円墳の構成や変遷を考えるうえで貴重な成果が得られました。そして、地域の方々の熱意にあと押しされて、両古墳は国指定史跡に、出土埴輪は千葉県指定有形文化財となり、地元の芝山町立芝山古墳・はにわ博物館、芝山はにわ博物館(芝山仁王尊 観音教寺)にて展示・活用されています。

早稲田大学文学部考古学研究室は、殿塚・姫塚古墳の学術調査を2011年から再開し、墳丘と周辺地形の再測量やGPR(レーダー探査)を実施してきました。また、近年は新たに、両古墳を含む九十九里地域の古墳から出土した埴輪の三次元計測を実施しています。殿塚・姫塚古墳の発掘60周年を記念する本展では、九十九里地域の人物埴輪にスポットをあて、三次元情報を活用した埴輪研究の現在を紹介します。人物埴輪の宝庫でありながら、意外に知られていない九十九里の人物埴輪の魅力と、次元を超えて表現されるさまざまな表情をご堪能ください。

 

殿塚、姫塚は中台古墳群に含まれる国史跡で、それぞれ全長88m、58mの墳丘を美しく残す前方後円墳。おすすめの場所です。

殿塚 姫塚(再訪)国指定史跡 千葉県山武郡芝山町 - 墳丘からの眺め

近くにある2つのはにわ博物館にはその出土品を中心に数多くの埴輪が常設で展示されています。

芝山はにわ博物館・釈尊館(芝山仁王尊) 芝山町立芝山古墳・はにわ博物館 - 墳丘からの眺め

 

早稲田大学に展示されていた人物埴輪は全12体。姫塚からのアゴヒゲの武人2体のほかに、人形塚古墳からも2体のアゴヒゲの武人、経僧塚古墳から首飾りをする女子、小川崎台3号墳から甲冑を着けた武人、殿部田1号墳から琴を弾く男子、小川台5号墳から双脚の男子、木戸前1号墳から両手を広げる女子、 旭ノ岡古墳から丸い帽子を被った武人、 山田宝馬35号墳から天冠状の被りものをする男子と別に一体の男子、にわとり塚古墳から男子。

すべて6世紀後半の古墳時代後期のもので、形式的に3つのタイプ(九十九里A型、九十九里B型、下総型)にカテゴライズされている。

購入した図録には「墳丘や埋葬主体部の構造に象徴される古墳のランクと、採用される埴輪のタイプには、厳格な対応関係がある点が判明している」と記されていた。

 

 「3次元」に関わる内容はPEAKITという画像処理技術で、ipadを用いて3D撮影した形象埴輪を360度の角度から廻して見られるデモ展示があった。

PEAKITとは地形学から考案されたアルゴリズムで、対象物の表面の撮影時に凸の尾根筋がよく映る「地上開度」と凹の谷筋が映る「地下開度」を組み合わせ、考古資料記録に際し短時間で多くの情報を取得することを可能にしたそうだ。

 

写真が豊富な図録は一部500円とお得。

図録には千葉県の主な古墳の位置も示されていて、”大所”の墳丘は結構探訪したつもりになっていたが未探訪のものも多いことを再認識した。

 

下記は図録から転載。

芝山はにわ博物館蔵の「アゴヒゲの武人」高さ138.6cm、6世紀後半。

見事なアゴヒゲを蓄えカッコいい帽子を被る穏やかな顔の埴輪で、ガラスケースの外に置かれており側面なども観察することができた。

 

独特の姿をしているが、同じタイプの埴輪はかつて大英博物館での展示も見たことがある。

ロンドン自然史博物館 大英博物館 ナショナルギャラリー @ロンドン - 墳丘からの眺め

 

上記の展示のほかに、大きなホールでの常設展示や下記の企画展(こちらも11/19まで)も無料で見られる。 白隠が描いた「布袋すたすた坊主」の愛嬌に惹かれた(ポスター右下の人物)

 

会場の會津八一記念博物館は早稲田正門から大隈重信像に向かって坂を上がる途中にあった。あと一ヶ月ほどで全容を現すはず。

1925年竣工の早稲田大学で2番目の古い建物で建築家・今井兼次(1895-1987)のデビュー作。1927年竣工の大隈講堂より2年早い。

(最古の建物は、明治前期に建てられた大隈講堂横の現・総合案内所、旧・大隈家馬丁小屋)

 

当初は大学図書館として建てられ、現在の2階常設展示室がかつての閲覧室。

随所にとりいれられた優美な曲線は表現主義の流れを汲むとのこと。

ゴージャスな大階段や神殿のような柱など内部も見応えがあった(撮影不可)

 

こちらは西側の外壁。

 

正門側正面。

 

その大扉には八角星の透かし彫りが施されている。

 

以前来た時は休館中だった。休館の時期も結構あるので事前のチェックが必要。

早稲田大学構内と周辺の建物など - 墳丘からの眺め

 

正面の坂をさらに上がると大隈重信銅像がある。

 

そこから振り返ると大隈講堂。右の公孫樹の後ろが會津八一記念博物館。