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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

奴坂・薬園坂・釣堀坂・絶江坂 南麻布三丁目界隈

今回は古川が南北に流れるエリアの西側、がま池のある台地の南側斜面へ。

 

がま池から南へ上がると仙台坂上の六差路。そこを南東へ行くと立派な煉瓦塀があった。右端には「天真寺」と刻まれた石柱がある。

 

壁の南側の細道。

 

そのまま進むと行き止まりになった。

 

こんなところに菜園が。

 

一本裏の道を回りこむと山門があった。

 

地図上に釣り堀があったので、その方向へ右折したり左折したり。

 

「行き止まり」のほうへ曲ったところ。

 

途中で左に折れて南へ進む。

 

すると左右から下ってくる坂道に出た。右が阿衡坂、左は奴坂。

 

坂を突っ切って正面に下る道があった。

 

その突き当たりが釣り堀だった。営業時間は終わっていたので看板は出ていない。右は隣の小学校の室内プールの案内板。

 

つり堀り衆楽園は「ヘラブナの底釣り」専門とのこと。池の水は地下水で昭和初期から続いているという。

釣堀衆楽園|港区老舗・おすすめ店100選|MINATOあらかると

仙台坂上あたりが麻布台の分水嶺になっていて、北側斜面の中腹にがま池、南側の中腹にこの釣り堀がある。

麻布台の大きさではこんなに水は集まらないだろうから、六本木~青山と辿って淀橋台へ続く尾根筋を通る地下の流れがあるのだろうか。

 

釣り堀事務所前に高貴な雰囲気の猫がいた。

 

元来た方へ戻って四辻を右へ。 奴坂の急傾斜を登る。

 

途中で振り返ったところ。奥は阿衡坂の上り。

港区公式ホームページ/南麻布の山坂(奴坂・薬園坂・釣堀坂)によると坂名の由来は、この場所の古い名前・竹が谷の小坂で「谷小坂」、薬王坂のなまりで「やつこう坂」、「奴が付近に多く住んでいた坂」の三説があるそうだ。

 

そのまま坂上まで行って振り返ったところ。

 

奴坂上を右折すると薬園坂の上に出た。

 

標柱があった。 

薬園坂 やくえんざか
江戸時代前期、坂の西部に幕府の御薬園(薬草栽培所・小石川植物園の前身)があった。なまって役人坂、役員坂と呼ぶ。

 

坂下から。左はイランイスラム共和国大使館。

 

薬園坂の中腹から西側へ降りる枝道の坂があった。

 

途中で階段も現われる。とてもいい趣きがある。

 

坂下から振り返って。坂名は釣堀坂。

 

下りたところでまた上り道になる。坂の上に行きそびれた。

子供たちの言葉は英語だった。

 

谷の底から北方向。この先がさきほどの釣り堀になるが道は行き止まり。

 

その背面はマンションの間を抜ける道。地図上では「薬園坂緑地」となっていた。

 

抜けた先には東京都住宅供給公社本村町住宅。

 

そのあたりから斜面の中腹を巻くような細道を東へ歩いた。

薬園坂を越えた入口。

 

自転車も「徐行」しないと危ない。

 

なぜ白線が曲る?

 

途中で絶江坂を横切る。

絶江坂 ぜっこうざか
承応2年(1654)、坂の東側へ赤坂から曹渓寺が移転してきた。初代和尚絶江が名僧で付近の地名となり坂名に変った。

 

絶江坂の坂上方向。右側に曹渓寺がある。

 

途中で振り返ったところ。

 

坂は左に折れてなお上る。

 

傾斜がゆるくなったあたりに坂上側の標柱があった。

 

そのまま台地上の住宅街を歩いていたら台地の端に出た。

 

下の地図の中央から左のところ。

 

上と下とつなぐ道がない。

 

台地上側の朽ちた邸宅。 

 

もと来た道を戻り、途中の名の無い坂を下りた。

 

台地下側から見上げたところ。

 

台地下には銭湯もあった。麻布黒美水温泉竹の湯