墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

東邦大学医学部本館 東京都大田区大森西

前回のつづき。

雑色駅からの帰り道、「東京モダニズム」のアプリをみると、沿線の大森町と梅屋敷の間に近代建築のサインがあったので行ってみた。

 

大森町駅で降りて徒歩10分強で東邦大学医学部キャンパスに到着。周囲には医療センターの大きな建物も並ぶ。

東邦大学の母体は大正14年(1925)創立の帝国女子医学専門学校。昭和8年に帝国女子高等理学校が開設された。沿革 | 学校法人東邦大学

 

本館はその昭和8年(1933)の竣工。設計は増田清。

現在は東邦大学医学研究センター図書館となっていた。

 

昭和20年4月の空襲でも、この本館だけは耐え残った。翌21年に、現在東邦大付属東邦中・高がある習志野にキャンパスを広げている。

正面玄関は南側にある。

 

見学は門の外からのみ。スクラッチタイルの壁面が美しい。

 

建物内に胸像が2体、こちらを向いていた。

 

建物前には「額田宇多女史像」があった。公式サイト創立者 額田豊・晉兄弟|額田記念東邦大学資料室によれば、学校の創立者の額田額田豊・晉兄弟の母とのこと。

ということは建物内の2体は創立者ご兄弟なのだろう。

 

玄関前の木が大きく繁っているので全体像はつかみにくいが、両翼が少し手前に出ている。

 

向かって左翼側。

 

右翼側。

 

現在の正門からの建物側面をよく見ると、後ろ側の窓が階段状になっていた。

 

その部分をズーム。階段教室だろうか。

 

反対側の側面は外からでもよく見えた。

 

こちらのかたのブログに建築当初の写真があるが後ろの部分も当初からのもののようだ。増田清と東邦医大 - やっぱりモダニズムが好き!

上記のブログで、東京女子医大の建物も増田清が手がけたものと知った。