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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

鈴木ビル、竹田ビル、ヨネイビル、奥野ビル(銀座アパート)など 東京都中央区銀座1・2丁目の近代建築

最近こちらのアプリを知り、東京都内を移動するときは参考にしている。

 

銀座へ行く機会があったので、銀座1,2丁目の4つの建物(ビル)を訪ねてみた。

 

・鈴木ビル 昭和4年(1929)築、設計は新 定蔵。

 

玄関脇に解説が記された銘板が取り付けられていた。

東京都選定歴史的建造物
鈴木ビル
所在地 中央区銀座1丁目28番15号
設計者 新 定蔵
建築年 昭和4年(1929)
かつて甲子屋倶楽部と呼ばれ、公演や稽古事等に部屋を貸し出していた建物である。2階に芝居等の公演ができる広い舞台があり、3階は住居、その他は予備室や貸室となっていた。四つの馬蹄形の窓を持つ銅板葺きの屋根、デザインを変えた三種類の窓、1階円柱にほどこされた幾何学レリーフ、内部の壁に用いられている布目タイルなどに特徴がある。東京都

下記の東京都のサイトにも解説がある。

都選定歴史的建造物詳細 64〜66/東京都都市整備局

 

 スクラッチタイルや浮き彫り、さまざまな形の窓枠で装飾された外壁が見事。

 

中へ入ると、一枚一枚模様が異なるタイル壁。これ自体が作品に見えた。

 

丸窓の意匠も華やか。

 

アーチのついた脇階段。

 

建物は5階建て。最上階は斜めに屋根が付き、アーチ形の出窓があった。

 

こちらのサイトにはその窓内側の写真もあった。

築86年の古いビルに森岡書店銀座店が誕生。 | カーサ ブルータス | ページ 2

 

よくみるとその隣の建物もクラシック。

 

 

 

「岩瀬博美商店」と右から書かれていた。

次の「漂流乳業」さんの奥の深いサイトの解説によれば、大正9年に創業した乳製品問屋であったそう。

http://www.citymilk.net/bin/shikoku/kagawa/fujihato.htm

こちらの関根要太郎研究室@はこだてさんのブログによれば、築造時期は鈴木ビルとほぼ同じようだ。

 

 

次に、昭和通りに面した竹田ビルへ向かうと、なんと解体中だった。

・竹田ビル 昭和7年(1932年)築

 

5階まではスクラッチタイルの外壁。青い色の瓦屋根が平入りの形でつくが、タイル貼りでない部分はこちらのブログによると後から増築とのこと。

中央区のサイトにも「竹田源次郎により中央区銀座に創設された竹田組の建築作品である」として記載されている竹田ビルだったが。竹田ビル 中央区ホームページ 

 

さらにググると現在は平塚竹田組となっていた。会社案内

明石小学校などの復興小学校や旧農商務省海軍省関連施設、松竹大船撮影所、大本山総持寺大雄山最乗寺など大規模な建築物を手掛けていた。

http://www.h-takedagumi.co.jp/100nenn-ayumi.pdf

 

囲い板に貼られた表示。工事は8月31日に始まったばかりで、11月5日に終了予定。

 

かつての雄姿はストリートビューで。 

 

「喫茶室 ルノアール」と書かれていた看板。

 

軒近くのアップ。見納めのスクラッチタイル。

こちらかたのサイトには裏通りからの地味な外観も載っていた。

竹田ビル、横田ビル/銀座2丁目 - ぼくの近代建築コレクション

 

竹田ビルと2軒挟んだ並びに、目を惹く看板の木造家屋があった。

・福隆美術工芸

 

室町期の甲冑を扱っているようだ。

 

昭和20年築で、和菓子屋から麻雀クラブになり、昭和40年代に今のオーナーの先代が古美術商をはじめた、と下記の方のブログに記されていた。

室町時代の刀と甲冑、銀座にそうろう | 銀のキャラバン - 楽天ブログ

 

次は銀座柳通りへ入って中央通りの方向、ヨネイビルへ向かう。

足場が組まれていて一瞬「これも!」と思ったが、覆われているのは通りに面した側だけで外装改修工事中だった。

 

中央通り側からだとメルサ2の裏手になる。全貌はストリートビューで。

昭和5年(1930)築 設計は森山松之助。

鈴木ビルと同じく、都選定歴史的建造物となっている。

 

銀座柳通りに面した側は、芦屋の洋菓子ブランド「アンリ・シャルパンティエ」の店舗入口。

 

中の店舗は営業中だった。柱やアーチが美しい正面。 

 

入口の照明。

 

はいってすぐ左にバーが。 

 

その先は色とりどりの洋菓子が並ぶショーケースで、さらには地下のティールームへ続く、美しい階段スペースがあった。

 

仮囲いが組まれているのは今年の11月末までのようだ。改修後の姿を見てみたい。

 

こちらはヨネイビルの東側。

 

こちらにあったオフィス階への入口もゴージャスだった。

 

 

このとき最後に向かったのが奥野ビル。ヨネイビルのすぐ近く。

奥野ビル 昭和7年(1932)築の本館と昭和9年(1934)築の新館が左右に並ぶ。

設計は同潤会アパートも手掛けた川元良一。

 

向かって左の本館。

 

向かって右の新館。

 

間をつなぐ外壁柱の隙間に雨樋のパイプが通る。

 

こちらのサイトにビルオーナー奥野亜男氏のインタビューがあった。

177-3 奥野 亜男 奥野ビルオーナー/ 奥野商会代表取締役

 

エントランス部分。時代を経ても美しいタイル。

 

年代モノのエレベータ(手動部分あり)が現役で稼動していた。

 

使い込まれた手すり。

 

沢山の手が触れたであろう階段の柱もきれい。ビル全体が作品のようであり、ギャラリーが多く入居しているのも頷けた。

この日見た建物はいずれも貴重な昭和ヒトケタの建物。

鈴木ビル:昭和4年、竹田ビル:昭和7年、ヨネイビル:昭和5年、奥野ビル:昭和7年。

銀座のランドマーク、和光(旧服部時計店)の昭和7年と同時期。

銀座の夜の灯り ビルの外観とガス燈 2015年10月 - 墳丘からの眺め

なるべく永く残って欲しい。