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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

皀角(さいかち)坂、錦華坂、山の上ホテル 東京都千代田区神田駿河台

前回のつづき。

アテネ・フランセの先は江戸期に開削されて流路が変わった神田川で台地が分断されている。 

水道橋方向へは下り坂。 

 

神田川に沿って中央・総武線。谷間ホームの御茶ノ水から、高架ホームの水道橋へ。

 

坂の名前は皀角坂(さいかちざか) 

自分は初めて見る漢字だったが、サイカチは樹木の名前だった。

この坂を皀角坂といいます。「新撰東京名所図会」には「駿河鈴木町の西端より土堤に沿いて、三崎町の方に下る坂なり」とかかれています。名称については「新編江戸志」に、「むかし皀角樹多くある。故に、坂の名とす。今は只一本ならではなし」とかかれています。「サイカチ」とは野山にはえる落葉高木で、枝にとげが多く、葉は羽状形で、花も実も豆に似ています。 

 

実(豆)の成分は、古くから石鹸・洗剤として利用されてきたそうだ。

さいかちとは - 植物図鑑 Weblio辞書

 

対岸の木立は先町公園で対岸の坂はお茶の水坂

かつてはこのあたりに神田上水の掛樋が架かっていた(つまり水道橋)

 

以前、本郷からお茶の水坂まで歩いたときの様子。

鳳明館、炭団坂、朝陽館本家 本郷の木造旅館と坂 - 墳丘からの眺め

 

道端に地図があり、見ると山の上ホテルの表示(右下)があったので、再び「とちの木通り」を戻った。

 

アテネ・フランセの向かいあたりはマンションの工事。地上18階とあった。この高台なので上の階はかなりの眺望になるだろう。

 

通り沿いのビルの玄関前に0系新幹線の車輪が置かれていた。持ち主のギャラリーは引越しでしまったようだった。

 

男坂の先に台地下への下り道があったので行ってみた。右手崖下は明治大学の敷地。

 

道沿いに不思議な構築物があった。

 

変わった形の扉がついていた。

 

その先に「錦華坂」との標柱があった。裏側の説明文を撮りそびれてしまった。

 

右手は「錦華公園」

 

斜面につくられた公園には小ぶりの池もある。

 

滝の跡のような石組みもあった。千代田区観光協会のサイト錦華公園によればかつて大名屋敷で、隣接するお茶の水小学校(旧錦華小学校)は夏目漱石も通っていたそうだ。

 

公園内の階段を登って振り返ったところ。

 

公園の崖上側出入口の門。

 

門の先には山の上ホテル。後ろのビルは明治大学。 

 

坂の上へ回り込んだところにホテルの正面玄関があった。

建物の竣工は昭和11年(1936)で、設計はウィリアム・メレル・ヴォーリズ

ホテルとしての開業は1954年。

山の上ホテル - Wikipediaにはさまざまなエピソードが記されている。

 

ホテルの隣の明治大学の案内図。左の赤い三角の右上が山の上ホテルの敷地。

三方を明治大学に、もう一方を日大理工学部に囲まれている。

 

ロゴのフォントも心地良かった。ここも長く残って欲しい建物。