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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

狐塚古墳 奈良県天理市豊田町

前回のつづき。

「ヤマト王権の古墳を巡る考古学ツアー」の最終章。

黒塚古墳からバスで国道169号を北へ、途中で県道51号に入り、西乗鞍古墳や西山古墳を窓から眺め、天理教協会本部の壮大な建物が並ぶ一帯へ。 

バスを降りたところにも側面に破風が並ぶ荘厳な屋根の建物があった。建物は大きな煙突を伴うことが多いようだった。

 

遠望した先には天理大学

大学に附属する博物館、天理参考館も素晴らしい展示品の数々があるとのこと。次の機会に再訪したい。

 

歩き出すとすぐに落ち着いた雰囲気の集落へ。板と漆喰の塀、瓦屋根が素晴らしい。

 

集落のどん詰まりから竹薮の中の細道を上る。

 

急に開けて発掘現場になった。関係者以外立ち入り禁止の区域。

道路敷設工事エリアにかかっている墳丘を発掘している。

 

テントの前で注意事項を聞いてから、いざ墳丘へ。

 

狐塚古墳 古墳時代後期(終末期?)

そこには横穴式石室があった。天井石や側壁の石もかなり持ち去られていたがそれでも玄室が明確にわかる形で残っていた。

 

左側が奥壁。

 

奥が石室入口側。

 

墳丘は竹薮の方まで続いていたようだが、道路工事に伴う調査なので発掘はここまで。

発掘現場も同じような竹薮に覆われていたそうだ。

この場所は北から続いてきた台地の縁なので、この竹藪を刈ると、南側の天理教本部側に広がる平地が見渡せるに違いない。

 

顔をのぞかせる土器!

 

調査中である地表面に降りることはできないものの、生々しい出現の現場を目の当たりにすることができた。

 

現状の底面レベルからさらに20cmほど下に固い層があるとのこと。土器の他にもヤジリ等の副葬品があるのではないか。

 

きれいな形をした土器。

 

残っていた墳丘表面の位置がわかる断面。

 

これだけ大がかりに発掘できるのは、ここが道路工事で消滅することが前提になっているからなのだそう。

だが、これだけの石室・遺物が出土して、ぎりぎり残ることになるかも、との話もあるようだ。

 

大きな石を、平らな面が出るように割って部屋を構築していることがわかる。

 

振り返るとそこにも墳丘が。周囲に複数の円墳が散在するエリアだった。

 

そこは、既に調査された豊田トンド山古墳だった。

 

こちらも横穴式石室が見つかって調査後埋め戻されている。

 

パネル写真ではサイズがわからなかったが、あとでこちらの記事でその巨大さを知った。

 

東側、新しく道路が伸びて来る方向。

比較的小さな古墳でも、これだけの高さに石を運び、土地を設計・造成するには、さまざまな知識や人の動員力が必要だったはず。

 

道路は右奥の豊田トンド山古墳との間を切り通して、左の竹薮方向へ抜けていくようだ。

 

グーグルアースで。中央が現場。左から道が延びて右の51号線につながる。

 

一行が見学した後は係りの方々が作業に戻られていた。

 

この後、バスで天理駅前に戻ってツアー終了。予定時刻の16:30より早く到着した。

天理市の関係者のみなさま、素晴らしいツアーを企画、実施していただき誠にありがとうございました。天理市に来たのは初めてで、このエリアに疎かった自分でしたが、わかりやすいコース設定や資料、解説などのお蔭で、地形と古墳との関係などが身体に浸み込むようにわかったような気がします。

次は家族で訪ねたいと思います。また新たなコースなどで機会が設けられましたら参加したいと思います。こんな場でなんですが、どうもありがとうございました。

 

 

この日は奈良市街に泊まる予定でしたが、陽が落ちるまでにもう少し時間があったので、もう一ヶ所行ってみることにしました。

つづく。