読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

須藤公園 谷中銀座 東京都文京区千駄木・台東区谷中

前々回のつづき。

旧安田楠雄邸の見学後に周辺を歩いたときのようす。 

谷根千」の千駄木3丁目付近の立派な塀。

 

こちらは、きれいな貼り石。

 

東側、旧石神井川が刻んだ谷へ降りる。

 

住宅街の先に公園があった。

 

文京区が管理する須藤公園は「公園」というより「庭園」の趣だった

文京区 須藤公園

須藤公園は、江戸時代の加賀藩支藩大聖寺藩(十万石)の屋敷跡。その後、長州出身の政治家品川弥二郎の邸宅となり、明治22年(1889年)に実業家須藤吉左衛門が買い取りました。昭和8年(1933年)に須藤家が公園用地として東京市に寄付、昭和25年(1950年)に文京区に移管されました。

 

九段下の常夜燈の隣に立っている銅像の方も住んでいた場所だった。

品川子爵(品川弥二郎)銅像 @九段下 - 墳丘からの眺め

 

公園や滝にその名がつく須藤吉左衛門氏については検索ではわからず。 

 

斜面とその下が公園。

 

10mの高低差を落ちる「須藤の滝」

深山幽谷を流れ下るような高さ約10メートルの滝で、水が落ちる滝音も聞かれ、暑い季節には涼を求めることができます。

滝の名称については、公募の結果を踏まえ、平成15年(2003年)10月に「須藤の滝」と命名しました。

滝は午前10時から午後4時まで流れています。

 

「かっぱに注意」の板が下がる藤棚。

 

公園の南側の坂。

 

坂上から。結構勾配があった。

 

坂下、公園内には災害時用の井戸もあった。

 

一旦、不忍通りに出る。

昭和初期までは「駒込坂下町」、その昔は「千駄木坂下町」だった。

 

看板が上書きされた、昔からあったような薬屋さんだが閉店か。

 

通り沿いにあった案内板。

いくつかの見学コースが記されていた。

春日局出世コース:湯島聖堂霊雲寺→湯島神社→麟祥院→講安寺→旧加賀屋敷御守殿門(赤門)→菊坂→出世稲荷→昌清寺

・徳川ゆかりの寺社コース:根津神社→伝通院→大塚先儒墓所→吹上稲荷→護国寺

・庭園コース:小石川後楽園→源覚寺(こんにゃくえんま)→白山御殿(小石川後楽園)→白山神社→養源寺→南谷寺六義園

 

見どころの多いエリア。麟祥院や源覚寺は前に訪ねきれなかった場所。

伝通院(でんづういん) 東京都文京区小石川 - 墳丘からの眺め

 

一本東側の通りは活気が溢れていた。右が「よみせ通り」

 

左に「谷中銀座」があった。

 

それほど幅のない道だが、ほどよい賑わいになっていた。

 

魚屋さんの店先。

 

履物屋さんの店先。

 

そのまま人の流れに沿っていくと「夕焼けだんだん」があった。

 

夕焼けだんだんの上から。奥の台地上に旧安田楠雄邸がある。

 

可愛がられている猫がいた。

 

階段を上がって朝倉彫塑館の方へ向った。

吸い寄せられそうな初音小路。

 

風情のある家並みも一部残っていた。

つづく。