墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

「しながわ魅力発見ツアー 江戸時代の海岸線跡を歩く」・1 品川神社 @品川区 新馬場駅界隈

 11/14(土)の午前、東京文化財ウィーク2015の一環でもある品川区のイベントに参加した。

 

集合は京浜急行新馬場駅北口。30人ほどの参加者が集まり3つの班に分かれて出発した。

 

まず初めに国道15号・第一京浜の対岸の品川神社へ。

 

鳥居から続く石段の左側に、溶岩で固められた富士塚が聳える。

 

「月に一度はお参りしましょう」

 

鳥居から石段が続く。

 

石段脇の石垣。石段の勾配が30度程であることがわかる。

 

石段途中から富士塚への参道がある。

 

が、まずは石段を登りきる。台地上の鳥居と拝殿。

 

鳥居から左に回ると社殿側から見た富士塚。明治2年に築造されている。

 

一行は濡れた石段を慎重に登った。 

 

山頂部。台地の先端に築かれているのでかなりの高さがある。台地の標高は12m、塚の比高差は5m以上はあるので、下からは20mほどになるのではないか。

 

登山ルートは複数ある。

 

国道側は結構きつい上り。

 

正面の高架は京浜急行。頻繁に電車が通る。飛鳥山と同様、台地の端と鉄道は東京では定番の風景か。

 

この場所は2年前に品川の物流博物館とセットで子供たちと訪れた。

その際は、単に太古の時代に目前から海だったことを想像したが、江戸時代は高架の先に東海道があり、さらに先に右側にある品川(目黒川)河口から伸びた砂州が左に回り込み、その先端に台場があったことなどをこのツアーで知った。

宝珠院観音堂、寺田本家、横利根閘門、大利根分館、岩屋古墳 - 墳丘からの眺め

 

後ろ側は品川神社境内。

 

下山途中からの富士塚

 

国道まで降りてから大黒様がいらしたことに気づいた。

 

御由緒。

平安末期に今の千葉県館山市洲崎神社の天天比理乃咩命(あまのひりのめのみこと:安房神社祭神天太玉命の后神)を勧請し、海上交通安全を願ったのが創始とのこと。

先に安房があった(そのまた先は阿波だが)

つづく。