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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

「鉄道遺構・再発見」展 @LIXILギャラリー 京橋

京橋のガス燈を見たときに、すぐ近くの中央通り沿いのギャラリーのポスターに強く引き寄せられた。

 

「鉄道遺構・再発見 Rediscovery ーA Legacy of Railway Infrastructure」展。入場無料、閉館18時で、11月21日まで。

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 公式サイトには開催主旨や見どころが掲載されている。

 

かつてTOTOギャラリーだったころに来たことがあったが、新装されてから初めて訪れた。1階のショールームを抜けて2階のギャラリーへ上がる。

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それほど広くない小部屋3つほどの展示だが、自分にとっては非常に興味深い内容だった。

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以下は公式サイトの案内文から。

本展では、路線をネットワークとして俯瞰する視点で、廃線路になった後も新たな価値を付加された鉄道遺構14件を厳選してご紹介します。それらを土木写真家・西山芳一氏によるダイナミックな写真の数々で披露し、迫力と存在感を存分に感じる遺構の雄姿をたっぷりとご覧いただきます。

企画:LIXILギャラリー企画委員会

制作:株式会社LIXIL

協力:足尾歴史館、伊東孝、岡本憲之、産業考古学会(鉄道分科会)、須永秀夫、中芸地区森林鉄道遺産を保存・活用する会、天賞堂

 

 

はじめにいきなり佐渡金山のトロッコレール。ここでまた会えるとは。

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プロが撮ると違う場所のよう・・・

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横浜臨港線

廃線路になった後も新たな価値を付加された」例としてはもっとも人が訪れている場所ではないか。

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赤レンガ倉庫と合わせて撮りに行きたいと思っていたところ(最近ミズノのビジネスシューズの宣伝で赤レンガ倉庫をよく目にするので)

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士幌線跡の有名な「タウシュベツ橋」

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 ローマ遺跡のような第4音更川橋梁跡。

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十勝三俣駅ができたのが1939年、糠平から先の廃止が1978年、全線廃止が1987年だった。

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自分の父方の祖父は帯広の近くで農業を営んでいた。小学生の夏休みに「帰省」したときに家族で然別湖(確か糠平湖も)に行ったのは1970年代前半だったので、十勝三俣まで汽車が通じていはず。車で行ったので士幌線には乗らなかったが、「乗りたい」と思った記憶がある。

 

 

わたらせ渓谷鉄道(旧足尾鉄道)は、上の子が幼稚園のころの桜の季節に乗りに行った。あれから10年!

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足尾本山駅(足尾精錬所内の貨物駅)

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足尾本山駅の手前にある向赤倉隧道。

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山中のトラス鉄橋、小滝橋(大正期)

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小滝橋は、現在の路線から離れた場所にある。

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碓井線のアーチ橋。6,7年前に横川の碓氷峠鉄道文化村とセットで訪ねた。巨大な煉瓦構築物は美しかった。どこかに写真があるはずだが見つけられずにいる。

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中央本線・大日陰トンネル

以前から気になっている案件。甲府盆地古墳とともに訪ねたい気分が高まっている。

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はじめて知った「ねじりまんぽ」 これは入ってみたい。

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 説明板を転載。

岐阜県東海道本線 甲大門西橋梁

ねじりまんぽ

ねじりまんぽは、トンネルを意味する「まんぽ」と、ねじれて積まれた煉瓦を意味する「なじり」の合成語である。盛土の線路区間で道路や河川と斜めに交差する場合、ふつうのアーチのように煉瓦を水平に積むと、一方の端部にアーチにかかる力を橋台に伝達できない(アーチ構造が成り立たない)ため、力の伝わる角度にあわせて煉瓦を積んだ構造物(ないしは技術)のこと。この技術は明治時代、お雇い外国人技師によってもたらされたと考えれれているが、大正時代には使われなくなった。

西日本を中心に30例ほど存在し、JR東海道本線には写真の甲大門西橋梁をはじめとした13ヶ所が確認され、ねじりまんぽの宝庫として知られる。甲大門西橋梁は、歩行者にはトンネルだが、鉄道には橋梁の位置づけとなる。

 

こちらも面白い橋の名前、気になるデザインの煉瓦組みだと思ったら未完の美だった。

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福岡県・平成筑豊鉄道田川線 内田三連橋梁

下駄歯橋梁

豊洲鉄道の田川線は、筑豊地方で産出した石炭を輸送するための路線として、1895年(明治28)、行橋~田川伊田間を結んで開業した。その際、将来の複線化を想定して橋梁を拡幅しやすいように、側面を凹凸状にした「下駄歯」橋梁として造られた。しかし複線化されぬまま、1901年(明治34)豊洲鉄道は九州鉄道に九州合併され、JR九州を経て、現在は平成筑豊鉄道が運営している。複線化を想定していたので、下駄歯の状態は未完成ともいえるが、結果として凸凹した煉瓦が装飾のように見えるのが興味深い。内田三連橋梁は国の有形文化財に登録されている。設計は野辺地久記で、ドイツ人技術者へルマン・ルムシュッテルも関わっているとされる。

 

茅野駅の「ラチス桁跨線人道橋」

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1931年(昭和6)架橋だが、それ以前の1926年(大正15)~1928年(昭和3)で関西本線木曽川または揖斐川橋梁の工事用桟橋として使われたラチス桁174枚のうちの4枚と推測されるのだそう。

夏に茅野駅に行ったときに見ておくべきだった・・・

 

 

今回の展示で初めて知った魚梁瀬(やなせ)森林鉄道。「日本三大美林」の一つといわれる魚梁瀬杉を運搬することを主目的として開業し、総延長250kに及んだが、陸上交通網が整備と魚梁瀬ダムの完成により軌道が水没したことから1964年全線廃止となった。

魚梁瀬森林鉄道 - Wikipediaより)

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18ヶ所の遺構が国指定重要文化財に指定されているが公式サイトに詳細情報がある。魚梁瀬森林鉄道遺産Webミュージアム"

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30分ほどの記録映画「魚梁瀬森林鉄道 軌道が結ぶ結いの里」に見入ってしまった。座席が10ほどしかないが、時間があればぜひ全編を。

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こちらでも短い動画を見ることが出来る(PCで)

魚梁瀬森林鉄道遺産Webミュージアム【懐かしのフィルム映像]

 

 

偶然にも、つい先日渡った王子駅飛鳥山跨線橋もあった。

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こちらの解説も名文なので転載させていただきます。

東京都北区 JR王子駅

飛鳥山下跨線人道橋

廃線によって残された鉄道施設のうち、最も転用しやすいのが古レールで、ホームの支柱や梁、橋、フェンス、コンクリートの鉄筋代わりなど、さまざまな場所で再利用されている。

JR王子駅南口に直結し、江戸時代より花見の名所として知られる飛鳥山公園に通じるアーチ橋には、1880年(明治13)から1909年(明治42)にかけて、欧州から輸入された初期タイプの鋼レールが使用されている。その中には、「UNION D 1887 NTK」という刻印もあり、1887年(明治20)のドイツ製のレールが含まれていることも分かる。

複数の線路をまたぐ橋の上からは、最新型の新幹線が走り抜ける高架も見渡せ、1世紀半近い日本の鉄道史に思いを馳せずにはいられない。

 

橋を渡ったときのエントリ。

 

他にもいくつかの遺構やレール等の現物など、”琴線に触れる”展示があった。

ブックレットも発売されている。

鉄道遺構 再発見 (LIXIL BOOKLET)

鉄道遺構 再発見 (LIXIL BOOKLET)

 

 

 

狙っていたわけではないのですが、エントリが鉄道記念日と重なりました。

1872年(明治5)10月14日に新橋・横浜間で日本初の鉄道が開業したこと、並びに1921年(大正10)10月14日に鉄道開業50周年を記念して東京駅の丸の内北口に鉄道博物館(初代)が開館したこと、を記念したもので翌1922年から鉄道記念日として鉄道省により制定されました(鉄道の日 - Wikipedia