墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

人面岩 大須鼻の活断層 真野古墳(未到達)新潟県佐渡市真野

前回のつづき。

西三川ゴールドパークを出たのが16時過ぎ。

国道350号へ戻って真野湾沿いに走り、この日最後の目的地・真野(まの)古墳群を探した。

向かい側の半島の先端には台ヶ鼻古墳があるはずだが、湾のこちら側の海岸段丘上にも30基近くの古墳が点々と連なっていた(はず)。

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以下は新潟県立歴史博物館のサイトでの解説。

真野町小川内川と真野川の合流点付近から羽茂町小泊荒磯地区までの真野湾の海岸線に沿った約10kmの間に27基の円墳が分布している。古墳の立地は標高10~60mの海岸段丘上、その先端部、及び傾斜地の三つに分けることができる。
 多くは径10m内外の円墳である。内部主体はすべて横穴式石室。
 副葬された土師器の形式から、この古墳群の形成期間は6世紀末ないし7世紀初頭から7世紀後半までとすることができる。

 

埋文にいがた/70-p8.pdfには、真野地区に9群の古墳群があると示されていた。

その中に新潟県指定の古墳も10基あるので、行けば見られるだろうと思ったが甘かった。

上記の地図上の4~7の古墳群が集中する「大須鼻」にあたりをつけ、車を停めて探すが手がかりが見つからなかった。

 

あきらめて車を走らせたら海岸沿いに面白い形の岩があったので立ち寄った。

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【立岩・人面岩】岩の前に駐車スペースがあってじっくり見ることが出来る。

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佐渡日本ジオパークに認定されているので地質関係の解説が充実している。

日本ジオパークネットワーク/各地のジオパーク

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今の佐渡島には火山はないが、約2千万年前には激しい火山活動があって、現在の大佐渡佐渡の山々はその時の溶岩や火山噴出物でできているという。

金が採れたのもそのおかげ。

 

湾の外、西の方向。日暮れが近かった。

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陸側を振り返ると海岸段丘が連なる。いかにも古墳がありそうな高さ。

来た道を振り返ると、段丘上へ向かう脇道があったので、いってみることにした。

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車一台がやっと通れる道を進んでいくと、丘の上には農地が広がっていた。 

農作業をされている方に古墳のことを伺うと「ある」とのこと。それも先ほど探したあたりらしい。

お礼を言って、大須鼻の国道脇の車が停められる場所に戻った。

 

そこにあった活断層の解説板は、なんと半分は真野古墳群を扱っていた。

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地図の部分の拡大。GEOサイトの活断層へ行く途中(赤い道沿い)にありそうなので行ってみることにした。

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道を渡ったところに良い雰囲気のカフェ兼ベーカリーがあった。

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「しまふうみ」という佐渡ホンダ販売傘下のお店だった。SHIMAFUMI シマフウミ

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閉店時間だったのでケーキ購入。とても眺めのよいテラス席があった。

お店の人に聞くと、古墳のことはわからないが活断層へは前の道で行けるとのこと。

下の写真の生け垣の向こうに、400m先の大須活断層へ下っていく砂利道があった。

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道の左側に古墳が4基あるはずだが、草が繁って判別できない。

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途中で振り返ったところ。中央の盛り上がりが墳丘か?

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石室の一部か、ただの岩(多分)か?

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徐々に道が草で覆われ始め、膝丈ぐらいになり、ちょっとしたやぶ漕ぎになってきて進むのがためらわれるような雰囲気になってきたところで岩肌が現れた。

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そこを回り込むと活断層の解説板があった。

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中央やや右の黒くなっている部分の上側の岩が、左方向へ2m程ずりあがっている。

1000年~2000年に一度ぐらいで起こる事象とのこと。前回はいつだったのだろう。

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戻り道で。

案内図では古墳の位置はこの右側だったが、実は段丘の上だったのかもと思いながら。

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「しまふうみ」に近づいたところで海側に田畑があった。昔に拓いた耕地だろうか。

正面が真野湾。右奥は国仲平野で国府川の河口がある。左は千m級の山が連なる大佐渡山地。

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エントリのために真野古墳群を調べていたら下記のサイトに詳しかった。

ラ・ラ・ネット|新潟ふるさと情報(国・県指定文化財)|真野古墳群

佐渡における古墳の分布は真野湾沿岸と二見半島にそのほとんどが集中している。本古墳群は真野町の東側、〝越の長浜〟と呼称されている景勝地を眼下に臨む海岸段丘上に営まれた古墳時代後期の群集墳である。かつては数多くの古墳が存在していたが、耕作や道路工事等で破壊され、現在墳形を留めているものは約10基を数えるに過ぎない。古墳は低い墳丘を持つ円墳で、海岸段丘の先端部ないしは緩斜面に位置し、直径15メートル内外、高さ1.5メートル前後のものが多い。石室は自然石乱石積や割石を積み込んだ横穴式石室で、玄室は袖無型のものと片袖型の二者がある。石室の長さは5~6メートル、幅は1.5~1.7メートルで、羨道と玄室に分れている。副葬品としては土師器・須恵器の土器類の他に、直刀・鉄鏃・銀環・馬具などが出土している。 本古墳群は墳丘の規模や石室のあり方などから7世紀頃のものと推定され、佐渡古墳文化を知るうえで重要な遺跡である。

指定:県
種別:記念物(史跡)
時代:古墳時代
所有者・管理者:個人所有地
指定年月日:昭和47年3月28日

 

前回エントリでお世話になった「佐渡市文化財」にも。

真野古墳群 | 佐渡市の文化財

7世紀末から8世紀初頭に築造された横穴式石室の円墳群です。真野湾の長浜から西三川の海岸段丘上に点々と群集し、蝦夷塚1号古墳蝦夷塚2号古墳、三貫目沢東古墳、三貫目沢西古墳大須2号古墳、計良牧1号古墳、計良牧2号古墳、計良牧3号古墳、計良牧5号古墳、大立蝦夷古墳の計10基からなります。近年の調査で古墳近くに製塩遺跡が確認され、古墳の中に製塩土器が敷かれていたことから、これらの古墳群は、製塩に従事していた一団の墳墓と見られています。

 

佐渡市文化財の解説を見ていたら、古墳の所在地の北緯と東経の位置情報が記されていることに気づいた。グーグルマップに情報を入れると、計良牧古墳群は海岸段丘の上にあることが判明した(3号墳は微妙だが)

はじめからこの方法を知っておくべきだった・・・

 

ご興味ある方は下記の+以下をグーグルマップの検索窓にコピペしてみてください。

計良牧1号墳 +37 56 19.921",+138 18 23.548"

計良牧2号墳 +37 56 20.011",+138 18 21.812"

計良牧3号墳 +37 56 21.138",+138 18 20.981"

計良牧5号墳 +37 56 20.544",+138 18 20.653"

真野古墳としての表示 +37 56 28.939",+138 18 39.308"

 

つづく。