墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

一時坂古墳 長野県諏訪市

前回のつづき。

諏訪大社下社周辺を見たあと上諏訪に戻り、埼群古墳館さんのサイトで事前に目をつけていた一時坂(いっときざか)古墳へ行った。

 

スクリーンショットした地図を頼りに、諏訪清稜高校の上の斜面の道を探した。細くて狭い急坂を上がったがよくわからず、庭の手入れをしていた地元の方に尋ねてもわからないとのことだったので、あきらめかけた。

 

途中に「埋蔵文化財研究所」という看板があったので、寄ってみたが誰もおらず、周囲に墳丘らしきものもみあたらず。 

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上記の建物の並びに体育館(諏訪市元町体育館)があり、その駐車場でUターンして戻ろうとしていると、後部座席から墳行初体験の同行者が「あそこに古墳!」の声が。

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車と停めて柵の向こうを見ると、説明板も立っていました。Tさん、この場を借りて御礼申し上げます。

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こちらが説明板。

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以下は説明板より。

一時坂古墳

一時坂古墳は、昭和57年の諏訪中学校体育館建設に先立つ発掘調査で発見された5世紀後半の古墳である。舌状台地先端部の山麓側に周溝を掘り込んで墳丘をつくり出し、墳丘斜面には葺石を葺く。周溝内からは土師器・須恵器が配置された状態で出土した。

墳丘上には木棺直葬の埋葬主体部が数基あったと考えられ、副葬品として鉄刀8本、鉄剣2本のほか多数の鉄鏃や玉類などが出土している。これらの出土遺物は昭和60年3月26日に一時塚(原文ママ古墳出土品として市有形文化財に指定された。諏訪市教育委員会 

 

草が刈られていて整備されている墳丘。

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諏訪湖まで一望できる絶好のロケーションだった。

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 左側(南側)は木が繁っているが、ここから真南に5km、上川・宮川の向こう岸の山裾に、はじめに見た神長官裏古墳がある。

こちらは木棺直葬の5世紀後半、神長官裏は横穴式石室を持つ7世紀頃なので1世紀半ほどの開きがあるが。

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 埼群古墳館(前出)によれば、「周囲の一時坂遺跡からは、弥生時代の住居跡・周溝墓や土壙墓、石室状遺構なども検出され、弥生時代末期から古墳時代にかけて墓域とされてきたものと考えられている」そうだ。

 

時刻は夕方5時半ごろ。しばらく、同行者とともに、墳丘からの眺めに見とれていた。

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諏訪市博物館で9/3までの企画展「古墳が語る諏訪の古代」に、一時坂古墳出土品が展示されていたことを後から知った。

第45回企画展「古墳が語る諏訪の古代」のお知らせ

 

こちらのサイトには出土時の状況の写真もあった。八十二銀行、GOOD JOB!

一時坂古墳出土品 - 信州の文化財 - 財団法人 八十二文化財団