墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

「若冲と蕪村 生誕三百年 同い年の天才絵師」展 @サントリー美術館・六本木

冷たい雨の4/8、昼のスキマ時間で前売り券を買っていた、伊藤若冲与謝蕪村の展覧会へ行きました。

生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村

 

この展覧会で二人の絵師が同い年だったこと、しかも数え年で生誕300年になるということを知りました。若冲の方が6年長く84歳まで「活躍」しています。

伊藤若冲:1716年3月1日 ~1800年10月27日

与謝蕪村:1716年 ~1784年1月17日

 

平日のお昼時、一部人垣が二重のところもありましたが、混雑というほどのものではなく、ほんの少し待てば気に入った絵をじっくり鑑賞できる状態でした。

着物姿の女性や外国人の方が目立つ印象がありました。

 

展示は大きく6つのコーナー(章)に分かれており、どの章でも若冲と蕪村の双方のが見られました。

1.18世紀の京都ルネッサンス

2.出発と修行の時代

3.画風の確立

4.新たな挑戦

5.中国・朝鮮絵画からの影響

6.隣り合う若冲と蕪村~交差する交友関係

7.翁の時代

 

自分は特に第4章以降に惹かれました。

たまたま3月に芭蕉像を見ていたので、若冲の「松尾芭蕉図」(~4/13)や、蕪村の「奥の細道図巻」(通期展示)や「野ざらし紀行図屏風」(~4/27)を興味深く見て、芭蕉への想いが二人に通じ合っているように感じとれました。松尾芭蕉(1644年~1694年)とは生誕年が72年違って二世代以上遡るので、すでに伝説の人だったと思います。

 

若冲の作品では、大作の「象と鯨図屏風」(通期展示)が滋賀のMIHO MUSEUMから来ておりその迫力に圧倒されました。象はポスターにもなっています。

また、「蔬菜図押絵貼屏風」や、京都国立博物館の「果蔬涅槃図」も大根やクワイなどの野菜が主役として個性を発揮していて見ていて楽しかったです(どちらも4/13まえの展示)

「ちまこ通信」さんのブログを思い起こしました。

 

大きな作品ではないですが、若冲の「乗興舟」(場面替えで通期展示)にも見入りました。紙本拓版という技法で作られた1巻で、自分が見たときは淀川を下って旅していたときの場面がパノラマのように墨で描かれていました。

 

自分にとっての圧巻は蕪村でした。

ひとつは、これもMIHO MUSEUMから来た蕪村の山水図屏風(通期展示)

紙本銀地墨画淡彩という技法での六曲一双の大型画面。銀箔の上に墨で書かれた風景は、昔の写真板を見ているような立体感が感じられました。

 

そして、京都は北村美術館所蔵の「鳶・鴉図」(通期展示)

これもポスターになっている雪の中の2羽の鴉です。背景の雪を薄墨の塗り残しで表し、鴉の黒もよくみると青がはいっていて凄みがありました。最も人垣が多かった作品(といっても二重程度ですが)

 

上記どちらの蕪村作品、そして若冲の大作は、最終章の「翁の時代」の展示。

年齢を重ねるにつれて充実した作品を残していったその取り組みの姿勢こそ、二人に共通するように思いました。

 

会場には二人が住んでいた場所、京都の四条烏丸界隈の地図のパネルも示されています。

Wikipediaによれば蕪村は42歳からの京都住まい、若冲は生まれも京都だが家業の青物問屋を隠居し絵を書き始めたのが40歳から。

直接の交流の記録は見つかっておらず、蕪村の手紙で残っている百通ほどにも若冲は出てこないとの解説もありましたが、これだけ近くて同い年であれば知っていて当然知り合いのように思えました。

 

今朝(4/9)の日経朝刊のアートレビュー面(31面)の「平野啓一郎が見た美術展~若冲と蕪村展」での紹介でも、まずそこが触れられていますが、平野氏は「しかし、まるで画風の異なるこの二人の作品を、あえて一緒に見ることの意味は性急に求めない方がいいように感じた。ぼんやりと、それぞれの作品を眺めていく中で、見えてくるものがあるのではないか」と書かれていました。

 

4/29から5/10では国宝の夜色楼台図(蕪村)が来るので再訪したいと思います。できればゆっくりと時間をかけて。

 

こちらはミッドタウン入口の安田侃作品。中で子どもがくつろいでいました。

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