墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

仏島山古墳 茨城県取手市(旧藤代町)岡

前回のつづき。

丘の上の大日山古墳を見て岡神社の石段を降りてから台地の裾を巡っていると、畑の中で円形の島のように盛り上がっている場所があった。

手前に水路があってなかなか近づけない。

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大日山古墳に上る際に通った地蔵大菩薩の脇を再び通って、集会所のある広場を左に回りこんでいくと少しばかり盛り上がった墳丘に到達できた。

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現地にあった説明板。

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旧藤代町文化財指定史跡

仏島山古墳 昭和48年11月1日指定(平成17年3月合併時指定解除)

美しい円墳で墳丘も高かったと言われるが、過去2回に亘って古墳の土砂を採取したので、その形状は明確には判明しない。しかしながら周囲の状況等から判断して、これは径約30mの円墳と推定される。また、遺物の出土状況から判断してこの墳丘は埴輪円筒をめぐらし、その上を美しい埴輪で飾った整然たる古墳であったと想像される。

古墳の築造年代は、6世紀のものであることが判明した。

なお、明治28年学校敷地建設造成のため、土砂を採取した際に、石槨・骨片・刀剣・曲玉・鉄鏃。埴輪。埴輪円筒等を出土したが、この多くは現在の国立博物館に納入された。

また昭和8年岡堰改良工事のため土砂を採取した時、埴輪(4)、円筒埴輪(7)を出土したが、それ等は国立博物館に納入してある。

古墳に仏島山の名称がつけられたのは、古墳の周囲には堀をめぐらし一大島状をなしていたが、その後、中世になって墳丘上に仏像や石塔等が建立されてから、仏島の名が出たものといわれる。

昭和61年8月 取手市教育委員会

1400年も持ちこたえたのに、明治・昭和で「土取り」対象にされてしまった。

かつては300m程の近くを流れる小貝川からも墳丘が見えたのではないか。

 

墳丘から東側の眺め。さきほど通った道は用水路の先の金網の向こう側。

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堤状になっている場所から仏島山古墳。左右のカーブがかろうじて残っている。

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この日は3/29で桜は蕾。

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実は翌週4/5にも訪れた。このときは満開だった。

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集会所側から見た墳丘。

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この位置からも、たまたま撮った。

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再びもとの3/29に戻っての、開花直前の蕾。

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下記は取手市のサイトから。

岡台地の北東のふもとに仏島山古墳があります。土砂採取によって現在は小さな塚となっていますが、もとは直径30メートルほどの円墳だったとみられています。また、かつて一帯は「岡知らず」と呼ばれ、地元の人々も迷うほどの草木が茂る場所だったということです。
ここも地元では昔から将門の墓とされてきました。塚の上に小さな石のほこらがあり、中には「将門神社」と刻まれているそうです。

 

祠に刻まれた将門の文字は見逃してしまった。

この後は、直線距離では1kmほど南西にある新取手駅を目指したが、水路に阻まれる。

右の丘が、岡神社のあった丘。

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こちらはサギの仲間でしょうか。

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今は乾いている田を回りこんでいくと、急に住宅地が開けた。

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振り返ると広がる田。

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そのまま南西方向に緩い上り坂の住宅街を歩いていくと、商店街のような雰囲気になってきた。

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懐かし系のプラモデル・ラジコン屋さん。結構はやっている感じだった。

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突き当たりが関東鉄道常総線の新取手駅だった。丁度上りの列車(といっても一両)が来たが、構内踏切に阻まれて乗れなかった。

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行ってしまった便。

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つづく。