墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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仙台掘川公園 横十間川公園 東京都江東区

前回のつづき(3/28)

旧中川船番所から小名木川沿いの「塩の道」遊歩道を西に向かう。番所橋から西側の眺め。左が江東区東砂・北砂(旧砂町)、右が江東区大島。

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川に沿って団地が多いが、かつては輸送の便を活用した工業地帯。

 

堤防上から南北に土地に傾斜がある。魅力的な細道もあった。

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しばらく行くと、大島中学の南側に「塩の道」歩道橋があった。

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歩道橋の正面から南側に仙台堀川公園が、この位置から逆さL字形に始まる。

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現地の案内図。南に1.3km歩いてそこから東に折れて1.5km、再び北に1.5kmもどると、計4.3kmの道のり。

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公園の脇はかつての堤防が残っているようだった。

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公園内には中振りの桜並木が続いていた。

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屋台も賑やか。

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たわわに花が咲く見事な木蓮も。

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釣り堀エリアもあった。

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南端の葛西橋通り近くに達すると「砂町運河跡」の説明板があった。

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砂町運河跡

区民の憩いの場として親しまれているこの仙台堀川公園は、かつて砂町運河として民間の手により開削された、例の少ない運河です。

砂町が農村から工業の町へと発展していくなかで、船による輸送力の向上を見越して運河の開削が計画され、大正8年(1919)東京運河土地株式会社が創立されました。同11年に着工し、小名木川の合流点から現在の都立東高校の正面にあたる東砂7-19までの南北の一線が昭和8年(1933)までに完成しました。

昭和23年(1948)、東京都に移管されて砂町川と名称を改め、昭和40年、河川法の改正に伴い、仙台堀川の一部となりました。

昭和30年ごろまでは、周辺の製材工場の木材が水面に浮かぶ光景が見られましたが、砂町が工業地帯から住宅地へと変貌をとげると、運河としての役割も終わり、昭和55年に埋め立てられ、親水公園として生まれ変わりました。

平成10年3月 江東区教育委員会

と、解説によれば南北の川筋は江戸期の仙台掘ではなかった。確かに中川番所跡にあった説明板の「御江戸大絵図:1843年」には南北の川筋はない(下記再掲、横十間川の右あたり)

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写真部分の拡大。旧福島橋は元の仙台掘にかかる橋。

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おそらく上記の写真と同じような位置からの眺め。葛西橋通りの、ほんの50mほど北で平行する遊歩道。葛西橋通りは、何度も車で通っていたが、このようになっていたのは今回初めて知った。

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途中の池にいた鳥。街中で見られるとは。

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さらに進むとガーター橋があった。

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たもとには「南砂線路公園」とある。

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橋は複線対応だったが、片側は自転車路になっていた。

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上記の右がJR貨物・越中島支線。

橋の上から東側。保存された水路と、昭和風の東邦ステンレス工業の工場建物。

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葛西橋通りの踏み切りから北方向。今でも平日は2,3便が行き交うとのこと。線路上面も錆びていない。

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同、南方向。亀戸駅から越中島貨物駅までは約4km。この線で旅客運転が実現できれば乗ってみたい。いつかタモリ倶楽部で見られるような気がする。

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 かつての運河は埋め立てて公園となったが、橋はそのまま残っている。車道を渡らずに園内を歩けるので便利。

下は尾高橋。

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公園の一角に置かれた、尾高水門のマイターゲート式の部品。

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このあたりで旧横十間川跡と合流。公園は直進方向にも680m続き、木場公園の東を流れる大横川にぶつかるが、この日はここで90度右へ折れて、横十間川親水公園を北へ向かった。

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ここはボート遊びができるようになっていた。

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かなり奥まで広がっている。南北に500mくらいか。ボート乗り場も複数ある。

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小名木川と接する最北部はアスレチック公園になっていた。子供たちで大賑わい。

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振り返ると、クローバー橋があった。

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つづく。