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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

講演会「前方後円墳の設計原理」 岡山大学・新納教授

講演会

2/14土曜日の午後に聴講した講演会には衝撃を受けました。

古墳を造った古代人に対する認識が変わりました。

 

案内葉書に書かれていた「講師の言葉」は下記のとおり。

三次元計測技術の発達で、古墳の形をこれまでに比べて格段に細かく把握できるようになってきています。それは、中国由来の尺度と、直角三角形の比を用いた傾斜や角度を駆使するものです。また、築造に際して基本設計を組み上げた上で、墳丘長を引き伸ばすなどの方法で実施設計において変更を加えていることもわかってきました。

さらっと読み流せてしまえる表現ですが、実際の講演は、古墳の形を読み解くことから古代の人々の高度な知恵と能力が伺える驚くべき内容でした。

 

新納(にいろ)教授のプロフィール。

新納泉教授|スタッフの紹介|岡山大学文学部考古学研究室

 

話の導入は地元岡山の造山古墳(全国第4位)の計測調査。

墳丘面12万ポイントの三次元データを3年かけて人力で計測したそうです(今ではヘリコプターからのレーザー計測で1日!)

先日のクローズアップ現代を見て思ったことはすでに実用化されていることがわかりました。


 

計測可能な等高線間隔が50cmが25cmになったことで、段築の痕跡も正確にトレースできるようになり、新たなことがわかってきたとのこと(これまでの精度では自説の都合に合わせること「も」できた)

 

そして「築造企画」の研究史のお話

まず下記の先行研究の解説がありました。

上田宏範氏の研究:後円部の中心点から前方部中央交点(前方部下隅から墳丘上に向かう稜線の延長が交差する点)までの距離が、後円部半径と整った比例関係にあることを見抜き、その比例で型式分けを行い築造企画の時期差や系統差を読み解こうとした。

→下図のAO:OP:PBがきれいな比例関係になる。 

新納先生が調査された誉田御廟山古墳、履中陵古墳、造山古墳、作山古墳などではいずれも1:1.5:1となりますが、この比は築造時期等で異なるようです。

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甘粕健氏の研究

前方後円墳の設計に中国由来の「尺と歩」が用いられていることを明らかにした。

・段築の各段の高さが、下から1:1:2などの比になる例があることを見抜いた。

 

いよいよ本論です。

新納先生の研究室では先行研究を踏まえた上で、

①墳丘の各部の長さが「段築テラスの幅」の倍数になっていること

②斜面の傾斜は「平面一辺の長さ=直角三角形の底辺」と「高さ」の比を用いて決定されていること、を提示しました。

 

大型の前方後円墳では斜面を一回りする平面帯(テラス)が設けられています。

その部分の長さが平面プランの最小単位となり、他の部分はその倍数となるそうです。

たとえば後円部が下図のような形で3段になっている墳丘例では、「外縁部の斜面の幅」:「1段目のテラス幅」:「中段の斜面幅」:「2段目のテラス幅」:「上段の斜面幅」:「最上段の墳丘の半径」が、1:1:1:1:2:2となり比の合計値は8と確認できます。

 

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墳丘の全長は「8×1(後円部半径)」+「8×1.5(後円部中心~前方部中央交点)」+「8×1(前方部中央交点~前方部中央軸上先端)」=28という「比の合計値」になります。

 高さも正確に測れたことにより、高さも平面と同じ基準「歩=6尺・約1.4m」をもとにしていることを割り出せたそうです。

上記の図の例では半径8単位(1単位4歩なら32歩)となりますが、新納先生は造山古墳の実測で後円部半径を16単位と割り出されています。

 

重要な点は、「墳丘断面の斜面が直角三角形として捉えられ、底辺(水平)と高さ(垂直)のパーツの比率を一定にすることで斜度が揃えられていること」が見出されたことです。

 

たとえばあらゆる斜面パーツで底辺4歩に対し高さ2歩とすれば常に斜度は約26.5度で一定になります。

墳丘は斜度が急だと崩れやすくなり緩いと迫力が出ないということが、設計段階から企画されていたと考えられます。

 

先生が調査した古墳では、高さ1.0に対し底辺1:2.0~1:2.5の範囲内で収まるように企画されているとのことでした。

これは古墳によって直角三角形の「底辺:高さ」が「4歩:2歩→下図の●印」「5歩:2歩→」「5.5歩:2.5歩→」「6歩:2.5歩→」など、調査した範囲では一定の値に収まることがわかったそうです。下の図の軸の単位は縦も横も「歩」です。

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現代でも、のり面工事の際は国土交通省が示す「地質に合わせた斜度」に従う必要がありますが、古墳時代から同様の考え方が採られていたことになります。

 

ちなみに平面単位と歩数、高さの歩数の実例は下記のようになるそうです。

造山古墳 2:1:2:1:6:4(16単位)平面1単位=4.5歩 高さ1単位=2.0歩(傾斜1:2.25)

誉田御廟山古墳 2:1:2:1:6:3(15単位)平面1単位=6.0歩 高さ1単位=2.5歩(傾斜1:2.4)

上石津ミサンザイ古墳 1:1:2:1:5:3(13単位)平面1単位=5.5歩 高さ単位=2.5歩(傾斜1:2.2)

 

新納先生の仮説としては、はじめにたとえば250歩で造るという「発注(先生は依頼と表現されていました)」があり、最小単位(前出のテラス幅)を4.5歩か5歩か5.5歩か6歩かに、そして墳形を形作る比の合計13×(1+1.5+1)をあてはめ、全長は204.75歩か227.5 か250.25 か273かと計算してから、もっとも近い250.25歩、つまり1単位を5.5歩基準(この場合高さは2.5歩基準)にしよう、と考えたのではないか、ということでした。

 

これは現代の三角関数に相当することを計算して試行錯誤して設計していたことになるのではないでしょうか?

 

自分は、前方後円墳の斜面は常に直線を描いていること(膨らんだり凹んだりしていないこと)は、その美しさのひとつだと認識はしていましたが、その斜度が綿密な計算の結果であることを知り、古墳が高度に知的な構造物であることに感銘を受けました。

(先生から「傾斜は前方後円墳の命」というコメントもありました)

 

さらに重要なことは、前出の3つの大古墳を見ても、どれも墳形が異なること、つまり依頼墳長に合わせて一基一基新たにオーダーメイド設計しているということです。

その事実が示すことは、これまでの通説である「ヤマト王権が地方の豪族に対して配布する設計図にあわせてた縮小相似形の前方後円墳を造らせた」ことを覆し、地方の豪族が発注者として自らの好みを反映して前方後円墳という形態を取り入れた、というストーリーも導き出されるということになりますが、このあたりは今後の調査の進展も待たれるところになります。

 

午後2時から4時半までの2時間半ほどでしたが、前方後円墳が、当時の高度な数学・幾何学を駆使したものだった、ということがわかる素晴らしい内容の講演会でした。

急に目の前が開けたような衝撃を受け、「コーフン」いたしました。

 

また先生の話を聴く機会があれば、参加させていただきたいと思います。

 

新納先生、興味深いお話を聞かせていただき御礼申し上げます。大変勉強になりました。

自分は質問コーナーで平面図の斜めのラインの引かれ方について質問した者です。(どこか1点を目指したものではないのではというお答えをいただきました)

簡単にと申し上げたブログ報告が結構詳しくなってしまい恐縮です。当方の認識の誤り聞き違いもあると思いますので、当ブログを見る機会がありましたら、何なりとご指摘くだされば幸いです(コメント欄、非公開にもできます)

また準備いただいた主催者・関係者のみなさま、貴重な機会を設けていただき、誠にありがとうございました。

 

こちらは前回(2014年12月)の講演会。