墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

ユーカリが丘散歩・3 千手院 二十三夜月待塔 井野松山1号墳(未)千葉県佐倉市

前回のつづき。

八社大神にお参りしたあと、ユーカリが丘線のループ内の「里山エリア」へ来た道を戻る。

千葉県文化財ナビゲーション「ふさの国」を見ると、井野松山1号墳という円墳が台地の東側に記されているので、そこを目指した。

「ふさの国」の地図には古墳と道を隔てた場所にお寺があったので、まずそこへ。

千手院という大きなお寺だった。

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新築のように真新しい本堂。

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3年後に創健1300年を迎え本尊の千手観音の御開帳がある。どのような仏様か検索ではわからなかったが、ぜひ拝観したい。

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 下記は佐倉市のサイトから

稲野山千手院は、千手観音を本尊とする真言宗豊山派の寺院です。
天平年間(729~49)に、臼井石神(稲荷台4丁目)に創建されて蓮華王院金剛般若寺と号し、のち明徳3年(1392)に僧澄秀が兵乱に遭うことを恐れ、大檀那の小竹五郎高胤(おたけごろうたかたね)に願って当地に移転し、千手院と改称したと伝えられます。

佐倉市の文化財-寺院 | 千葉県佐倉市公式ウェブサイト

 

また、境内には佐倉市指定有形文化財の「金銅五鈷杵」(密教法具)の解説があった。公開している時もあるようだ。

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境内には高木が多く、その中に鐘つき堂があった。

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参道脇には居並ぶ観音様と「二十三夜」と彫られた石塔があった。あとで調べたら「月待塔」という講(行事)とのこと。初めて知った。

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以下はWikipediaより転載。

月待塔(つきまちとう)は、日本の民間信仰。特定の月齢の夜に集まり、月待行事を行った講中で、供養の記念として造立した塔である。月待信仰塔ともいう。

月待行事とは、十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などの特定の月齢の夜、「講中」と称する仲間が集まり、飲食を共にしたあと、経などを唱えて月を拝み、悪霊を追い払うという宗教行事である。

文献史料からは室町時代から確認され、江戸時代の文化・文政のころ全国的に流行した。板碑としては埼玉県富士見市の嘉吉3年(1441年)のものを初見とする。

特に普及したのが二十三夜に集まる二十三夜行事で、二十三夜講に集まった人々の建てた二十三夜塔は全国の路傍などに広くみられる。十五夜塔も多い。群馬・栃木には「三日月さま」の塔も分布しており、集まる月齢に関しては地域的な片寄りもみられる。

月待塔 - Wikipedia

 

また、こちら二十三夜講(AROTさんのHP)ではさらに詳しい解説があって興味深い(下記は抜粋)

十五夜から八日過ぎた二十三夜の月は、真夜中頃に東の空から昇ってきます。真夜中まで一緒に行動を共にすることで、絆を確かめ合ったことと思います。」

「二十三夜講の本尊仏は勢至菩薩です。阿弥陀三尊像では向かって左側で合掌しているほとけです(中略) 二十三夜講での信仰対象は仏教では勢至菩薩神道では月読尊を祀ったようです。月待信仰には、ほかにも十三夜講(虚空蔵菩薩)、十九夜講(如意輪観音)、二十六夜講(愛染明王)などがあったようです。」

 

境内入口には佐倉市選定の推定樹齢600年の古木がある。説明板には「樹種:しい、ぼだいじゅ、ほう」「伝来等:この境内木は明徳3年(1392)に千手院が現在地に移った当時に植えられたものであるという」と書かれていた。

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この境内の向かいの小道を古墳を目指して入って行った。「ふさの国」によれば、小道が右に直角に曲がるところから左側に100mほどの位置に井野松山1号墳があるはず。

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農道のような道がついていたので入ってみた。下の写真は振り返ったところ。

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が、密生した、荒れた竹藪で地面の様子がよくわからず、墳丘は確認できなかった。

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もとの小道に出て、道なりに下っていくと、雪国のように大きな民家があった。

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カタカナの地名とはかけ離れた、昔ながらの雰囲気の道を上り下りする。

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南斜面が植物園のようになっている民家もあった。

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坂を降りると、住宅地に出る。中央左に降りてきた道。右の道の隣には・・・

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下の写真のように、ユーカリが丘線の軌道が通る。

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その先は、閑静な住宅街だった。

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 つづく。