墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

日本民家園・4 「菅の船頭小屋」 神奈川県川崎市多摩区枡形

前回のつづき。

この「小屋」まで来るのに前置きが長くなってしまいましたが、下記が日本民家園を訪ねるきっかけでした。

f:id:massneko:20150131121853j:plain

 

最近読んだ本「日本木造遺産」で取り上げられていた物件。


関東から選ばれた3件のうちの1つでした。

 

「わずか1坪に凝縮された日本建築史」と題されて、藤森照信先生に下記のように紹介されていました。

もう何年にもなるが、写真家から”面白い小屋があるぜ”と聞いた。多摩川の菅の渡しの舟番屋が川崎市立民家園に移築されているという。建築史家は”小屋カァ”とナメながら、しかし機会を作って訪れた。その後、桜の季節に二度、三度訪れ、その都度新しい発見があって飽きることがない。その都度の”発見”と”飽きない”、は名建築に違いない。名建築なのである。

 

なぜ名建築なのかについては、さらに下記のように掘り下げられています。

火と仮の囲いの二つによって、人類の住まいの原型の条件を満たすばかりか、畳と障子の二つによって日本の住まいの特質もシンボリックに表現し、そしてさらにもう一つ、日本の住まいを考えるとき忘れてはならない軒も体現している。障子の前に張り出す軒が作る空間(庇)は、室内と室外をヨーロッパのようにカッチリ分けるのではなく、内と外を連続的に繋ぐ。雨や夏の日差しを防ぐのにも都合がいい。

わずか一坪の中に、人類の住まいの原型から室町時代に完成する日本的な作りまでが含まれている。誰も注目しないが名建築、と言うしかない。

 

このような表現で、平等院錦帯橋厳島神社と並列で取り上げられているとあらば、「行って見なければ」 と思えてきますよね。

 

・菅(すげ)の船頭小屋 昭和4年(1929年) 神奈川県川崎市多摩区菅 市指定重要歴史記念物

下記は日本民家園のサイトから転載

この船頭小屋は多摩川の「菅(すげ)の渡し場」にあったもので、船頭が客待ち・休憩・川の見張りをするのに用いていました。

菅の渡しは、川崎側の菅と、東京側の調布とを結ぶ渡船場で、商品作物の輸送、肥料や日用品の仕入れ、親戚や寺への往来など、暮らしの中で使われていました。

この建物の屋根は杉皮葺きで、前後に傾斜させた「招き屋根」の形をしています。背面には小さな窓があり、対岸の客を見ることができるようになっていました。

なお、外回りの柱には大きな鉄の輪が取り付けられています。出水のさいにはこの輪に丸太を通して担ぎ上げ、小屋を移動させました。

見どころポイント

・出水時に小屋が移動できるよう、四隅の柱には丸太を通し担ぐための鉄の輪が取り付けられています。

・中は狭いながら畳が敷かれ、小さな囲炉裏も設けられています

 (21)菅の船頭小屋 (市重歴) | 施設のご紹介 | 川崎市立日本民家園

 

 屋根の状況は雪でよくわからない。

f:id:massneko:20150131123458j:plain

 

横から見るとその小ささがよくわかる。

f:id:massneko:20150131121746j:plain

 

中の様子。入ることはできないが障子が半開きになっていて覗き込める。

1畳と囲炉裏の左右の渡し板に座ることができる。かつては奥の窓から川岸の客を確認していた。

f:id:massneko:20150131121821j:plain

 

 側面の壁に取り付けられた丸い鉄輪。

f:id:massneko:20150131121757j:plain

 

川の水かさが増すときには、小屋ごと移動できる。(民家園サイトより)

小屋は移動できる

ぜひレプリカをつくっていただいて、日本各地に置いてほしい。

 

 

最後に、もうひとつ民家園の小品の紹介。端正な茅葺のお堂に感銘を受けた。

・蚕影山祠堂(こかげさんしどう) 文久3年(1863)・宮殿棟札 神奈川県川崎市麻生区岡上 東光院内 市指定重要歴史記念物

f:id:massneko:20150131122149j:plain

下記も民家園のサイトから

養蚕信仰を今に伝えるお堂

この建物は川崎市麻生区東光院境内にあったもので、養蚕の神「蚕影山大権現(こかげさんだいごんげん)」を祭った宮殿(くうでん)と、その覆堂(さやどう)から成っています。覆堂の茅葺屋根は、頂上を土と草で固める芝棟で、春にはイチハツが咲き誇ります。宮殿は正面に唐破風を設けた春日造風の社で、浮き彫りの彫刻を施しているのが特徴です。

中でも注目に値するのは、金色姫伝説を表現した側面の彫刻です。金色姫は天竺に生まれ、四度の大苦難ののち、馬鳴菩薩(めみょうぼさつ)の化身として日本に養蚕を伝えたといいます。この 彫刻は養蚕の起源を説くもので、四度の大苦難は蚕の四回の休眠(食事をせず動かなくなる脱皮前の時期)を象徴しています。

見どころポイント

内部の宮殿の両側面には養蚕の神様である金色姫の苦難の物語、獅子・鷹・舟・庭の4場面が彫刻されています。

屋根にはイチハツという花が植えてあり、5月には花が咲きます。

(18)蚕影山祠堂(市重歴) | 施設のご紹介 | 川崎市立日本民家園

 

お堂(覆堂)の中にある、お堂(宮殿)

f:id:massneko:20150131122248j:plain

 

横からみた宮殿。見事な木彫り。

f:id:massneko:20150131122407j:plain

 

おそらく新調されたばかりの茅葺屋根。5月に来てイチハツの花というものを見てみたい。

f:id:massneko:20150131122232j:plain

 

以上で日本民家園シリーズ終了。

2時間弱の滞在でしたが(次の、古墳を目指していたので)、写真を撮るのに夢中になってしまい、思いのほか枚数が増えてしまいました。

 

自分は民家園の存在は知っていましたが入園は初めてで、思っていたよりスケールの大きな施設であることに驚き、感動しました。

また、国でも県でもなく市がこのような価値の高い展示施設を運営されていうこと、さらに大勢のボランティアの方々が参加されていることに感銘を受けました。

囲炉裏の煙のおかげで上着はすっかり炭の香になりましたが・・・

春に家族で再訪したいと思います。