前回のつづき。
江戸川の橋を往復したあとは市川市の行徳・妙典地区の寺社を巡った。下記は昨春に行徳界隈を散歩した時に徳願寺でいただいた(記憶が曖昧ですが)小冊子「ぎょうとく」に掲載されていた絵地図。
写真では見にくいが寺社の集中度が高いことはわかるのでは。
発行は市川市文化国際部文化振興担当。すでに配布終了とのこと。
この冊子の5,6頁に「権現道をゆく」というコラムがある。
下記に転載。
東京メトロ東西線の妙典駅を出て、西へ向かい、行徳バイパスという大きな道路をわたると寺町通りに入ります。その寺町通りをしばらく行くと、大きな山門と鐘楼を持つ徳願寺があり、常運寺、妙応寺、長松禅寺などのお寺が姿を現します。周囲に「戸数千軒、寺百軒」と呼ばれた行徳の雰囲気が出てきた頃、ちょうど妙頂寺の山門斜め向かい側に「権現道」という道標が見つかるはずです。
この「権現道」と名付けられた、幅にして2mほどの小道は、江戸時代に徳川家康が東金への鷹狩りの際に通ったとされる故事に基づき、家康の敬称である「権現」様からその名をいただいた由緒ある道で、行徳街道ができる前からある古道です。約700mある沿道には法泉寺、妙覚寺、円頓寺、浄閑寺、正讃寺、本久寺、教信寺などのお寺が並んでおり、「寺の町」行徳らしい街並みが今も残っています。
また、よく見ながら歩いてみると、権現道の進行方向右側には細い枝道が行徳街道に向かって伸びています、気分に任せて、横道にそれてみるのも新たな発見があるかもしれません。
行徳・妙典地区の最北の神社、春日神社。江戸川分岐からは最も近く行徳街道沿いにある。
行徳地区の寺社の説明板は昔の高札のようなデザインで統一されていた。1525年創建だが、大正3年、江戸川放水路工事のために現在地に移転した。
春日神社と同じ境内にある胡録神社。
1635年創建なので春日神社が後から引っ越してきた形。
こちらも行徳街道沿いにある稲荷神社。(正源寺は通り越してしまった)
1635年に京都伏見稲荷大社の分社のひとつとして創建。
神明(豊受)神社。こちらも行徳街道沿い。立派な看板は夜は光るようだ。
3年に一回の大祭は2014/10に終わったばかりだった。
こちらには力石も置かれていた。
妙頂寺は行徳街道から寺町通りをはいったところにある。
1561年からこの地にある。夏には樹齢200年の百日紅(さるすべり←変換は便利)が咲くそうだ。
妙応寺は通りの奥で妙頂寺と隣接する。
1559年の創建。中山法華経寺の末寺。
このお寺には七福神が仲良く立っている。最短で七福神巡りができる。
長松禅寺は妙応寺の向かいにある。関係者以外入れないようだ。
16世紀半ばの天文年間に開山。
広大な徳願寺は信号のある四ツ辻の対岸にある。
埼玉県鴻巣にある勝願寺の末寺だったが徳川家康の帰依により1610年(慶長15年)に「徳」の字がついた。数々の寺宝があり、円山応挙の幽霊の絵などが11月16日に一般公開される。
寺町通りを戻って、長松禅寺の先で権現道にはいった。
この石畳が目印。わかりやすい。細くてくねくねしていて楽しかった。
つづく。
※市川市のHPにも行徳街道界隈発見マップが載っているが、細かいのでpdfダウンロードされた方がよい。