墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

高輪消防署二本榎出張所 ~ 高輪公園 (坂と路地) @高輪

夕刻の旧高輪消防署(現、二本榎出張所)

昭和8年に築造の「東京都選定歴史的建造物」 施工は間組。

f:id:massneko:20140806184040j:plain

HPによれば「第一次世界大戦後に流行したドイツ表現派の建築設計で、そのレトロな外観から、地域のシンボル的な存在となっており、年間約1,200人の方々が見学に訪れています」

http://www.tfd.metro.tokyo.jp/hp-takanawa/building/

f:id:massneko:20140806184053j:plain

申し込めば内部も見学できるとのこと。夕方だったので別の機会とした。

現役の消防車の間に、年代物の消防車が保存展示されていた。f:id:massneko:20140811180930j:plain

高輪警察署側からの角度。

f:id:massneko:20140806184203j:plain

交差点を東に向かい、「桂坂」を下りていくと、最初の信号で右に下りる気になる石段があった。

f:id:massneko:20140806184330j:plain

 上の石段下を左に折れた風景。

f:id:massneko:20140806184347j:plain

上記写真の一番低いところを右折すると、また上り坂になる。

ということは「一級スリバチ」か?

f:id:massneko:20140806184417j:plain

上りきったところに大木が。木に埋もれるような民家があったが、明かりの漏れる2階の部屋は、気持ちよさそうだった。

f:id:massneko:20140806184453j:plain

 上記の民家の前を左折すると、両側が鬱蒼と木が繁る道に出た。

左が東禅寺、右が高野山東京別院になる。耳をつんざくような蝉時雨になった。

f:id:massneko:20140806184554j:plain

一瞬別世界に迷い込んだような感覚になった。泉鏡花の小説にあったような・・・

途中から下り坂になる。下りて振り返ったところ。

f:id:massneko:20140806184622j:plain

 坂の下の辻には、大きな地蔵様が立っていた。

f:id:massneko:20140806184646j:plain

少し進むと、森への入口がある。

f:id:massneko:20140806184929j:plain

 と思ったら公園だった。夕刻なので誰もおらず。

f:id:massneko:20140806185052j:plain

・ 高輪公園   公園付近沿革案内が詳しい。

「この公園の付近は、三方を丘で囲まれた静かなくぼ地で、江戸入口の大木戸から南方に当たり、国道東側まで海があって景色のよい所だった。

今から約300年前寛永13年(1636年)に近くある東禅寺が赤坂から移った。この禅寺を中心として多くの寺が建ち、その周辺には有名な大名井伊、本多家などの下屋敷があった。

幕末には、東禅寺は最初の英国公使館となった。付近の一部は江戸時代を通じ荏原郡高輪村であったが、明治5年東禅寺、法蔵寺、法蓮寺、浄業寺等の寺地と、本多家下屋敷の一部を合併し下高輪町となった。

高輪の地名は、高い所にある、まっすぐな道という意味の高縄手道が略されたものとも、岬を意味する高鼻というのがなまったものとも言われている。

この場所は以前、酒井邸であったところで、昭和36年11月東京都交通局の所有になり、昭和45年10月港区が買収し昭和47年7月高輪講演として開園した。」

f:id:massneko:20140806185028j:plain

 

公園を出て少し進むと、第一京浜国道15号の大通りに出た。泉岳寺に出ようと思ったところが、ほぼ品川駅だった。

 

高輪警察署の前にあった案内板。上が東。赤の現在地の上(東)の信号から右にはいる細道が今回のルートでした。

f:id:massneko:20140811180656j:plain