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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

「弥生って何?!」 国立歴史民俗博物館 企画展示 千葉県佐倉市

企画展は入口のパネルを除き、撮影不可だった。

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写真のバックは青森県弘前市の砂沢遺跡から出た、高さ20cmの「弥生時代の土偶」

岩木川北麓の丘陵上にあるこの遺跡では、弥生時代前期後葉の前4~3世紀の水田跡が見つかり、前一千年起の水田跡としては列島最北、当時もっとも高緯度で営まれていた水田だそうだ。土偶を見つけたのは小学生!

土偶をメインの写真にしているところが、弥生(文化)って何という問いを表しているようだ。

展示物の中には、いちはら埋文センターで見た、端正な人面付き土器もあった。

http://massneko.hatenablog.com/entry/2014/07/15/060000

 

図録1400円も購入した。講演会の講師でもあった藤尾氏による「展示のねらい」が興味深いので、下記に後半部分を抜粋。

「・・・現在の学界は、これらの水田稲作文化をすべて弥生文化とよび、社会ごとに異なる発展度合いを地域性と理解する研究者がほとんどである。

では、前9~7世紀に比定される朝鮮半島青銅器文化の松菊里(ソングンニ)遺跡も水田稲作を行っているが、弥生文化でないのはどうしてであろうか。

日本列島の文化ではないからでは答えとして十分ではない。わずか100kmしか離れていない朝鮮半島南部と九州北部の水田稲作文化を分けているのは、青銅器文化をはじめとした社会の発展度合いを異にしているからである。九州北部から1500kmも離れた東北北部の水田稲作文化が弥生文化なのかどうかを判断するのも、同じ日本列島にあるから、といった理由に求めるのではなく、社会の発展度合いや祭りの違いに求めるべきではないだろうか。

本展示では、朝鮮半島南部、九州南部、九州北部、中部、東北北・中部において、水田稲作や畑作を行っていた人々のさまざまな生活や文化をとりあげ、その違いを明らかにしていく。したがって、近畿などの弥生文化の中心地はほとんど取り上げていない。

皆さんも、どういった文化が弥生文化なのか、一緒に考えていただければ幸いである。」

 

「境界を決める」ことはそもそも人為的な所作であり、思想が入り込む。

では何のために境界を決めるのか、となると、自分たちのことをよく知るため?、それは知って何かに活かすため?単に知りたいがため・・・?

そもそも文化の違いの最たるものは「言葉」だろうが、この時代はどうだったのだろうか?

 

キリがないのでこの辺で。

 

企画展の公式サイト(9月15日まで開催)

http://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/index.html