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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

下総歴史民俗資料館 ムササビ形埴輪 人頭形土製品

千葉県内の博物館・資料館

佐倉でレプリカのムササビ君と出会ったタイミングで、滑河の本物のムササビ君の写真掲載OKとの連絡を成田市生涯学習課からいただいた。

下総歴史民俗資料館(滑河駅下車)

http://massneko.hatenablog.com/entry/2014/04/30/220027

このときはスマホの電池が切れてしまったが、ギリギリとれた5枚。

 

右:動物埴輪(ムササビ)市指定文化財 南羽鳥正福寺1号墳 成田市所蔵

左:動物埴輪(魚)市指定文化財 南羽鳥正福寺1号墳 成田市所蔵

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下記は、ムササビ形埴輪についての「印旛郡文化財センター」での説明文。

6~7世紀代に位置づけられる22~25mの規模を有する円墳から出土しました。埴輪類は、この円墳の周りに二重に廻る周溝内に崩落した状態で発見され、今回取り上げたムササビの他、男女の人物埴輪や馬・鶏・水鳥・魚などの動物埴輪、円筒埴輪等が挙げられます。特にこのムササビ形埴輪は、全国初の類例として注目されました。

ムササビ形埴輪は、円筒形の基台部の上に方形状の粘土板を用いて胴部を表現し、そこから前脚と後脚が四方に伸びています。その姿は、まさにムササビが木から木へ移るために滑空している姿を連想させるでしょう。また顔の表現では、目と耳を穿孔し、先端がやや内傾する三角形状の耳がつけられています。鼻は正面からみると円形を呈し、刺突することで豚鼻状に表現されています。残念ながら尻尾は大部分が欠損していたため全体は不明ですが、おそらく実際のムササビのように幅広な尾が表現されていたことでしょう。 

 

動物埴輪(鳥) 市指定文化財 南羽鳥正福寺1号墳 成田市所蔵

左のとまり木にいるのは「鷹型ハニワ」

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左:女子人物埴輪 中央:男子人物埴輪

目の位置が少し中心に寄った顔が印象的。

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上記写真ではキャプションを撮り逃したが、印旛郡文化財センターの案内板(下記)で 確認できた。

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右:人物埴輪  (滑川)坂上(さかのうえ)古墳 旧下総町 飯島治通氏寄託

左:動物埴輪 (大和田)坂ノ上(さかのうえ)古墳 旧下総町 高岡小学校寄贈

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人頭形土製品(レプリカ)国指定重要文化財

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 下記は説明板より転載。

 

人頭形土製品とは人間の頭部を写実的にかたどった土製品をさします。

人頭形土製品は南羽鳥中岫(なかごのき)第1遺跡の南端の土壙から出土しました。本遺跡からは約250基の土壙が発見され、集落中央部の径35mの範囲に集中しています。その覆土は埋め戻された状況で検出され、副葬品が出土していることから大部分は墓と考えられ、本遺跡は共同墓地を中央に配置した集落であったといえます。

人頭形土製品が出土した土壙の形状は1.14×0.83m、深さ30cmの楕円形を呈しており、その規模から、被葬者は屈葬の姿勢で葬られたと考えられます。本遺物は土壙中央の壁際に横たえられており、出土した位置や高さから、遺骸の隙間におかれた可能性が高いと思われます。

人頭形土製品は器高15.1cm・最大幅13.5cm・開口部8.0cm、器厚は頭頂部で最大1.6cmです。

製作技法は土器と同様輪積み技法を用いているため、中空であり、頭頂部は土器の底部を丸く削って作り出しています。また顔面表面のほとんどは、粘土を貼り付けて表現されており、隆帯の貼り付けによる眉表現と膨らませた眼によって落ち窪んだ眼窩を表現し、横位の沈線で閉じた眼を描いています。

鼻は立体的で高く、ヘラを用いて鼻孔を深くあけています。口の部分もほかと同様に、粘土の貼り付け後に沈線による表現が行われています。

このように各部は精巧に作られていますが、頭髪や耳の表現は省略されています。また、唇の下および縁に沿っては、穿孔が計4ヶ所にあり、人頭形土製品の使用方法を解明する手がかりになるものと思われます。

※引用参考書:千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)より

 

下記の広報誌には側面の写真が掲載されている。

http://www.city.narita.chiba.jp/DAT/p20_7.pdf

 

東京国立博物館所蔵の重文の遮光器土偶(青森県亀ヶ岡出土)は縄文時代晩期のB.C.1000年~B.C.400年とされている。

http://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl&colid=J38392

 

こちらの人頭形土製品は6000年前、つまり、遡っても3000年前の遮光器土偶よりさらに3000年古い。

それなのに、こんなにリアル。

2009年に大英博物館で開催された「土偶展」にも出品されたそうだ。

 

ムササビ君も人頭君も、もっと脚光を浴びてもよいのでは。