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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

佐是古墳群(佐是9号墳) 佐是城址 千葉県市原市

前回の続き。

アートミックス会場の市原市には養老川に沿って複数の古墳群がある。

埼群古墳館の昇寛さん「お勧め」の古墳群も、このエリアに2つある(吉野古墳群、佐是古墳群)

日没が近づいていたので、佐是(さぜ)古墳に絞って訪ねた。

 

スマホで昇寛さんのマップを見ながら、駐車場ではない場所に車を停めて、台地の上に向かって少し荒れた石段をおそるおそる上って行った。

光福禅寺の境内にあるので台地の西側から回りこめば、台地上広い駐車場まで行けるがそれは行ってからわかったことだった。(大多喜街道の、信号がある場所のひとつ北の、信号のない支道を西に入り踏切を渡っていくのが正解)

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石段の上は墓地になっていた。いかにも古墳のような小山も。

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社殿があったので御参りして、すすんでいくと、なんとカフェが。

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道を聞こうと思って、はいっていくと、植木越しに「何をしているんですか」との声と犬の吠える声が。少し緊張しながら「古墳を探しているんです」と言うと、「それはあなたの足元です」と。

「??」と思っていたら「今、犬を戻すから、ちょっと待ってくれれば案内するよ」とのことだったので、お言葉に甘えることに。

5分ほど待って現れた方は、住職兼カフェオーナーであり、一帯(佐是城址)の地主さんで三十何代目かの当主の方だった(と、話を伺う内にわかってきた) 

古墳少年」がいたことも幸いし、本当に親切に説明していただいた。

(住職は、警察犬のトレーナーでもあり、犬はシェパードだった)

 

カフェの先には案内板もあった。(裏口から入ってしまったようだった)

光福禅寺のある「現在地」から大きな内堀を経て北の丸や本丸がある。南端の「追手口」までは相当距離がある。

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こちらの石板の絵図がより詳しい。東端を養老川が流れ、天然の要害のようだ。

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愚痴を聞いていただける観音様(幸福観音)の北側からの眺望。

市原市役所上総国分寺跡付近)の建物も見晴るかせた。手前の竹林のあたりの集落も城址の一部で北端には古墳もあるようだ。

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前方後円墳(佐是9号墳)は、駐車場のすぐ横にあった。

・佐是9号墳 前方後円墳 全長62m 古墳時代中期と推定

このほかに前方後円墳3基、円墳28基、方墳2基がある(以上は埼群古墳館さんより)

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後円部墳頂の祠(側面)

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墳丘上の巨木。

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後円部からの眺め。少し伐採すれば、さきほどと同じような眺望が得られそう。

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後円部から前方部。後姿はご住職。

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前方部から西側。この先に円墳群があるが、やぶでみえない。

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前方部から後円部。

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 側面から、くびれ部上部のカーブ。

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このあと、カフェのある庭も案内していただいた。カフェの営業は10時から15時までだそうだ。

始めて見るマロニエの花。ランの花が密生しているような感じできれいだった。

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屋外、屋内にいくつものテーブルがあり、気持ちのよさそうな場所だった。今度は営業時間内に訪れたい。

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境内のある場所と、北の丸との間を隔てる内堀は、「掘り下げて造った」ものだそうだ。密生する竹やぶの先が、深く、急角度で落ち込んでいた。

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もと来た石段を下って台地下に戻ると、そこが内堀の入り口だった。(石段は江戸時代のものだそうだ)

左は民家だが、すぐ先が竹やぶが内堀。竹やぶを切り開いて小道を造れば、内堀の中から城の大きさを感じ取れる。住職は手があればそれを造りたいと言われていた。

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台地下から北の丸のある台地。正面の斜面にかつて2つの登り口があったようだ。

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ここまでずっと住職に案内していただいた。道の脇に生えていたタケノコ、その場でむしりとったものを2本いただいた。親切に案内いただき本当にありがとうございました。

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すでに日没時。夕日に光る水田。

この日はこれにて終了。流山の講演会に始まる、充実した一日だった。