墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

熊野神社の大杉 府馬の大クス GW家族墳行③

鏑木古墳群から「府馬の大クス」 を目指して北東に向かっていると、途中道沿いに気になる神社があったので立ち寄った。巨大な杉に引き寄せられた。

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 ・熊野神社の大杉 樹高30m 目通り(目の高さの位置の、おそらく幹周)6m

推定樹齢800年。旭市指定の天然記念物。かつてここには老杉が鬱蒼と繁茂していたが、大正時代の台風で大半が倒伏、昭和43年の大火では社殿と周囲の樹木が消失したが、それでもなお生き残ったそうだ。

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 境内から見た大杉。枝が四方に広がっていて「偉容を誇って」いる。

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上の写真右手は神楽殿。毎年春分の日に演じられているそうだ。

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拝殿。昭和の新築といっても古社の風格がある。

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熊野神社の由緒。東国開発の守護神として三川浦(806年)を経て955年にここ松沢荘(旧香取郡松沢村、現旭市清和乙)に祀られたとのこと。紀伊半島と房総半島との古くからつながりを示す。f:id:massneko:20140427115240j:plain

境内横の広場から見た社殿。左が拝殿、右が本殿。

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女男石(市指定有形民俗文化財) 石の頭に酒を注いで、こぼれずにしみ込めば願いが叶えられるそうだ。

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 神社正面の左手の道は、鬱蒼とした竹やぶの中を台地の下に降りて行く。つまり神社の位置は台地の端だった。

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神社を後にし、すぐ北の府馬へ。大クスまでは2kmほど。

 

・府馬の大クス 国指定天然記念物のタブノキ(記念物指定した際の呼び名が残っている)根元周28m、幹周15mの堂々とした姿。

樹齢1300〜1500年とのことなので、ちょうど古墳時代から生き長らえていることになる!

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一帯は「大クス展望公園」としてきれいに整備されている。案内板の解説も詳しい。

かつて一帯は府馬氏の城だったそうだ。「タブノキ特有の香り」というものは、わからなかった。

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大クスを下から見上げる。一昨年秋の台風で裂けて3分の1を失ったが、丁寧に保全が行われ勢いを保っている。

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 公園側から。奥が「大クス」 手前の木も大きい。

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公園は芝生で覆われ、展望台もある。

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展望台から公園側の眺め。

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展望台から北側の素晴らしい眺め。下記は案内板の転載。下総台地の形状をわかりやすく解説している。

 展望台からは「麻績千ヶ谷」と呼ばれる、広がりのある谷津を眺めることができます。この地形は、古代、温暖化による海水面の上昇によって海岸線は現在よりも内陸にあり、丘陵台地部を除いて海でした。それが現代のような気温に低下するとともに海岸線が後退し、台地から土を水が流れ出し、台地の間に樹枝状に入り組んだ、特徴的な細長い地形の低地である谷津が形成されて出来上がりました。

 太古に入り海だった地域は豊かな水田地帯となり、丘陵台地部であった田部の沖、竹ノ内、小見、川上、高野集落を島になぞらえ、「陸の松島」といつしか呼ばれるようになりました。

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展望台の下の案内板。タイトルにあるように、千葉県は開発も進んだが、美しい田園空間もまだまだ健在であると思う。

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 続く。