墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

居木神社 (東京都品川区大崎)

会社の事務所に向かうルート付近に、とても大事にされている神社がある。

境内が台地の上と下を結んでいるので人通りが多いが、ほとんどの人が立ち止まって一礼をする。

もともとは山手線を隔てた反対側、居木橋(目黒川にかかる山手通りの橋)付近に「雉子ノ宮」として鎮座していたが、江戸時代に川の氾濫を避けて、付近の4社と合わせて現在地に遷座し「居木(いるぎ)神社」となったそうだ。

木橋の由来は、街道を歩く旅人の目印だった橋の脇の松が「ゆるぎの松」と呼ばれていたが、いつしか「いるぎの松」となって付近の地名となったとWikipediaにある。

主祭神日本武尊(やまとたけるのみこと)

 

大崎駅を降りてニュー大崎ビル1Fの「繁華街」を通り抜けると入り口がある。

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荏原台の先端にあたる。

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・居木橋遺跡 

鳥居の前の階段左手に案内板がある。縄文前期の貝塚を伴う遺跡であった。

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・現状は溶岩上の敷石を伝い歩ける富士塚となっている。

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鳥居下からの眺め。縄文時代はすぐ海だったろう。大きな崎であるし。

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再びWikipediaによれば、大崎という地名が現れたのは江戸時代説が有力だそうで、

秩父から続く尾崎であることに由来し、これが転訛して大崎となったとする説

②過去に大きな岬として東京湾に突き出ていたためとする説

があるそうだが、

当時大崎と呼ばれていた地域は、もっと北のJR目黒駅近辺(上大崎村)から五反田駅北側(下大崎村)にかけてなのだそうだ。

 

江戸時代、近辺ではかぼちゃが特産品だったようだ。

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立派な社殿は戦災後、昭和53年再建。

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峰原通りに続く台地上の鳥居。

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境内はちょっとした広場になっている。

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2月3日の夜は、節分豆まきで大賑わいだった。

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神社ブログに盛況な様子の写真が掲載されている。

http://irugijinjya.jp/yuisyo/

 

神社(右)と小学校(左)の間の坂道。上り始めはグランドの位置が5mくらい上にあり、上りきると小学校の3階の高さくらいになる。上りきって左折すると峰原通りが台地上の縁をカーブしていて古道の感じ。小学校の桜が大きく、開花が待ち遠しい。

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