墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

明戸古墳・法皇塚古墳 千葉県市川市国府台

 京成線 国府台駅で降りて、江戸川沿いの道を1キロ強。

里見公園を目指す。

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川沿いを行くと段丘に湧き水がある。そこを登ると里見公園。

国府台は、戦国時代に「国府台合戦」の城が築かれたところであり、戦時中、戦前までは軍隊が置かれた場所だった。そのような場所でも、2基が残っていることが奇跡的であるということ。

下記は伝説の夜泣き石。下に敷いてある石が、古墳の石棺のふたのようだ。

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 12,3の少女が泣きながら死んでいったという伝説。

真実かどうかはわからなくともと、夜に一人で来るのは無理。

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・明戸古墳 前方後円墳 全長40m 6世紀後葉 

2つの石棺が露出。 

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 読みやすい案内板

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前方部の下から

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古墳のすぐ脇の見晴らし案内板。

多摩川台古墳と同じようなロケーション。大きな川の左岸の丘の上に位置している。

スカイツリーがよく見え、冬には富士山も見える。

木々を刈ったら、古墳は今でも周りから目立つだろう。

 

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里見公園内には、ほかに数箇所、古墳のような盛り上がりがある。

そのうち一箇所は、市川市の最高標高地点となっている。

日曜日にもかかわらず、人の少ない落ち着いた公園だった。

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法皇塚古墳 前方後円墳 全長58m 6世紀前半

ちょっと崖側からは中にはいったところにある。

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若々しい学生たちの集団の間を通って、古墳のところへ。

キャンパスの真ん中、グランドの横、自動販売機の横に、存在を示している。

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古い手書きの案内板と、ガラスケースの入った掲示板とがある。

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全長が、古い表示より7m短く記載されている。

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 副葬品が結構ある

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 市川考古博物館を再訪しないと

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立ち入り禁止の表示はなかったので、裏から上ってみた。

前方部から後円部方向。くびれのところに大木がある。

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実は、はじめに間違えて、千葉商科大学のキャンパスに行ってしまった。

職員の方に聞いたら、出土物の展示コーナーがあるとのことで、わざわざ案内していただいた。

ここは、下総の国庁があった場所だ。

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