墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

岩屋古墳と公津原古墳群

6/9午後から家族揃って出かける。

岩屋古墳 方墳 7世紀中頃 一辺78m

f:id:massneko:20130609154400j:plain

房総のむら到着が15:30を回っていた。

まず岩屋古墳を一周。ウッドチップが敷いてあり、快適な道。

 

 2つの横穴の一つは、鉄格子越しに石室内が見られる(ただし、懐中電灯持参しておらず真っ暗)

「上ってはいけない」の看板がとても残念。(踏み跡が沢山あるのがさらに残念)

 

f:id:massneko:20130609153615j:plain

 

その後、郷土資料館前に車を動かして、龍角寺へと向かう。

途中は古墳だらけ。

 「白鳳の道」がまっすぐに続く。1000年以上前も変わらなかったかも。

f:id:massneko:20130609155818j:plain

 

奥から来て左に(写真の右)に上ると、前方後円墳

f:id:massneko:20130609161738j:plain

 

浅間山古墳 7世紀前半 前方後円墳 全長78m

f:id:massneko:20130609160309j:plain

 

後円部下から登る。

f:id:massneko:20130609160428j:plain

 

階段がついていて上りやすいが、墳丘上は木が繁って見通しがきかなかった。

前方部へは藪っぽかったが道がついており、端は段丘の下に落ち込んでいた。

木がなければ、下から見上げる場所にあるのだろう。

f:id:massneko:20130609160759j:plain

 

前方部から後円部へ。

f:id:massneko:20130609160818j:plain

 

 

そのまま歩いて龍角寺へ

龍角寺

薬師如来(709年白鳳時代)がある。(千葉市美術館へお出かけ中)

浅間山古墳→岩屋古墳→龍角寺と、建造時代の連続性が興味深い。

f:id:massneko:20130609163340j:plain

 

仁王門礎石

f:id:massneko:20130609164742j:plain

 

なにやら打ち合わせ

f:id:massneko:20130609164736j:plain

 

かつては33mの五重(または三重)塔があったそうだ。

心柱の礎石部分は水が枯れないそうだが、地震の影響が残って立ち入り禁止。

f:id:massneko:20130609163635j:plain

 

お寺の沿革

f:id:massneko:20130609164809j:plain

 

・公津原古墳群

ショッピングセンター前に堂々と存在。(話が逆か)

f:id:massneko:20130609175928j:plain

 

小さなものもスペースをとって、きちんと残してある。

f:id:massneko:20130609180547j:plain

 

すぐ南の公園に、形の整った前方後円墳の瓢塚古墳(瓢塚5号墳・公津原3号墳)全長65m

f:id:massneko:20130609181104j:plain

 

前方部から後円部

f:id:massneko:20130609181144j:plain

 

後円部は結構高さを感じる。

f:id:massneko:20130609181308j:plain

 

前方後円墳の横にある円墳

f:id:massneko:20130609181330j:plain