墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

伊興遺跡 白旗塚古墳 東京都足立区

今回は家族みな用事があって、一人旅。

足立区の伊興遺跡と白旗塚古墳

竹の塚駅から、強い日差しの中、GPSを頼って歩く。

一駅先が埼玉県だということは、行って初めて知った。

竹の塚という地名も「墳丘に竹が茂っている様子に由来する」という説もある。(下記の方のサイトに詳しい)

http://homepage3.nifty.com/kofun/kenaga/index.html

県境は毛長川、実はかつての利根川流路で、伊興地区は大河川沿いにあたり、さきたま古墳群のエリアとも川で直接つながっていたようだ。(上記サイトより)

ちなみに武蔵国足立郡という地名は、奈良時代の木簡に記されているそうだ。http://www.city.adachi.tokyo.jp/hakubutsukan/chiikibunka/hakubutsukan/manabu-chime.html

 東伊興にはいると、微妙なカーブを描く道沿いに、いくつものお寺が続く。

15分くらい歩いて、伊興遺跡公園に到着。

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右手は復元した古墳時代の竪穴式住居。左の木の奥が展示館。

 

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手前は、弥生時代の方形周溝墓(なので古墳ではない)

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竪穴式住居内部。ガラス越しに4人家族の夕餉の支度の様子が見える。

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博物館内部。古墳時代の男子4人。館内では4人の少年がカードゲームに興じていた。

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ジオラマはとてもよくできている。

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祭祀の様子も再現。「子持ち勾玉」というものを初めて知った。

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遺跡公園に隣接する氷川神社

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神社の北100mくらいに、幅20m位の水路。これが県境の毛長川。

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大河川の河岸には自然堤防が築かれる。そこに古代人が目を付けた。

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東武の線路沿いに戻って、白旗塚古墳へ。門は常に閉じているようだ。

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以下は現地の解説板より。
東京都指定史跡 白旗塚古墳
この付近の毛長川南岸の自然堤防上は、擂鉢塚古墳、甲塚古墳、白旗塚古墳など七基からなる白旗塚古墳群が形成されていたとされますが、現存するのは白旗塚古墳のみです。足立区教育委員会が擂鉢塚古墳や甲塚古墳の推定地域を調査していますが、確認までには至っていません。擂鉢塚古墳から出土したとされる馬形・円筒埴輪から、白旗塚古墳群の基礎は6世紀と推定されます。
白旗塚古墳は直径12m、高さ約2.5mの円墳ですが、未調査のため主体部の構造や古墳の年代はわかっていません。白旗塚という名の由来は、源頼長、義家父子が、奥州安部氏の反乱(前九年の役)の鎮圧にむかう途上に、この地に白旗を立てたためと言われています。
平成23年3月 東京都教育委員会

 

周囲を巡る池。かつては田んぼの中の浮島のようだったとのこと。

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公園には、埴輪の遊具(?)があった。舟の埴輪が地元ならでは。

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帰りに大師線に乗った。一駅戻って西新井→大師前駅

西新井で一旦改札を出たら、もう改札がない。この1駅はただで乗れる?

だだっ広いホーム。

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ホームの窓から、子供相撲が見えた。

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西新井大師総持寺

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 このあと、舎人ライナーで帰った。