前々回のつづき。 川口の本一通りの浜田接骨院横の細道を100m近く進んだ左側、工場敷地内に大砲が置かれていた。 大砲があったのは増幸産業という会社の敷地内だった。 1804年に増田安次郎が鋳物業で興し、今では超微粒粉砕機の専門メーカーとなっている。 …
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