墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

坊主山古墳(磯浜古墳群) 茨城県東茨城郡大洗町磯浜町

前回のつづき。

車塚古墳~姫塚古墳と訪ねた次は、そのまま道がつながっている坊主山(ぼちゃのやま)古墳へ。

車塚古墳の説明板の地図で、右(東)側にある前方後円墳

車塚古墳の直径が88mなので、坊主山古墳の全長は60m近くになるのでは。

築造順は姫塚古墳→坊主山古墳→日下ヶ塚古墳→車塚古墳であり、日下ヶ塚古墳が4世紀代なので坊主山古墳も4世紀の築造となる。

http://www.town.oarai.lg.jp/~syougai/syogai/info-1386-288_3.html

 

民家の入口のような通路を進んでみる。

 

右手に墳丘が現れたが、上り口はなく、しかも民家敷地に差し掛かっていたので撤退。

 

道沿いの塀越しに墳丘を見る。

 

その先に墳丘の入口が見えたが、個人宅の敷地内だった。

 

撤退かと諦めた時、幸運なことに庭先からご主人が現れ、古墳の見学を申し入れると快諾いただけた。

早速鳥居の方へ。

 

きれいに手入れされた墳丘だった。上ってすぐが後円部墳頂になる。

 

墳頂の祠に参拝。

 

墳丘右下に小道が巡っていて、その先は竹薮の崖。

 

後円部から前方部方向。

 

くびれ部から前方部。

 

前方部の墳頂。

 

前方部の先の斜面。

 

前方部から後円部方向。

 

前方部を降りた先の藪。

 

さきほど見えた小道を戻った。下から見上げる前方部。

 

前方部裾からくびれ部を経て後円部。墳丘の大きさを実感できる場所だった。

 

くびれ部付近。

 

台風の影響で折れた枝か。

 

横から見たくびれ部。

 

後円部脇から振り返って。右奥が前方部。

 

小道の南側の崖はかなり急だった。築造当時は遠くからでもよく目立ったのでは。

貴重な遺構を見学させていただき、誠にありがとうございました。

 

西側から望む坊主山古墳。

姫塚古墳(磯浜古墳群) 茨城県東茨城郡大洗町磯浜町

前回のつづき。

車塚古墳の見学後、道を隔てた民家の先にある姫塚古墳を訪ねた。

現存する部分は全長30m、高さ3.5mの前方後方墳

 

車塚古墳の説明板の地図に姫塚古墳が記されているが、うすーく前方後方墳の形が重なっている。上記の丘は後方部になるが、手前に延びる角は後から付け足された(削った前方部の土を移動した?)ように見える。

 

こちらはネット上にあった大洗市の資料(平成24年度・範囲確認調査実施について)より。

この丘(磯浜古墳群)では姫塚古墳が一番初めに築造されていた。

http://www.town.oarai.lg.jp/~syougai/syogai/info-1386-288_3.html

 120219磯浜古墳群分布図.jpg

上記資料の解説から

日下ヶ塚(常陸鏡塚)古墳の範囲確認調査の実施について
平成21年度以降進めている、磯磯浜古墳群(姫塚古墳・車塚古墳・坊主山古墳・日下ヶ塚(常陸鏡塚)古墳の4墳)の国指定化事業の一環です。
磯浜古墳群周辺には、弥生時代以来の大規模集落である髭釜・一本松遺跡が展開し、古墳時代の3世紀後半も継続されます。そのような中から30m級の前方後方墳である姫塚古墳が築造され、4世紀にかけて坊主山古墳、日下ヶ塚古墳、車塚古墳の大型の前方後円墳や円墳が次々と築造されていきます。出現期古墳や前期古墳が一地区に集中して築造され続けた、この地域の古墳時代の社会背景を探ります。(後略)

 

姫塚古墳の裾から見た車塚古墳。

 

墳頂に上がらせていただいた。

 

墳頂から西方向、車塚古墳。

 

墳頂から南東方向には坊主山古墳の木立が。

 

墳頂で木々の間から見た北東側。丘の端に立地していることがわかる。

 

南側からみた墳丘。

 

パノラマで。左は車塚古墳。

 

そこから右側、東方向の眺め。

 

この姫塚古墳も、昇寛さんのサイトにて発掘調査時の様子がうかがえる。

http://sgkohun.world.coocan.jp/archive/index.php/ooarai_himeduka/

この2011年の発掘調査にて周溝が検出されて墳形がわかり、小型丸底土器が出土したとのこと。