墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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千波山古墳群(1・2・3号墳) 茨城県水戸市千波町

前回のつづき。

今回の墳行も昇寛さんのサイトで行き先を検討した。千波湖の湖畔の公園内に3基あるとのことでそちらへ向かった。

水戸市千波山古墳群3号墳 » 埼群古墳館

 

千波(せんば)公園は駐車場完備(有料エリアに停めたら無料エリアも広かった・・・)の広い公園。

 

水戸光圀公の大きな銅像(昭和59年建立)もある。

 

この日はバンド演奏で大賑わい。

 

その近くではD51が展示されていた。

 

前方から。動き出しそうな気迫。 

 

屋外展示にもかかわらず、非常に美しく保存されている。

 

運転室にも入れる。

 

いつか修復されてまた走る日を夢みているか。

 

よく見ると「51515」

 

D51のそばから、古墳が眠る「少年の森」へ入る。 

 

古墳がある丘の上との標高差は20mほど。

 

樹林の下を駆け巡れるようになっている「少年の森」の中を標高の高い方へ向かう。

 

公園の端の一番高いところに 墳丘があった。

 

千波山古墳群2号墳 円墳:直径約20m、高さ約2.5m。→昇寛さんのサイト・水戸市千波山古墳群1_2号墳 » 埼群古墳館による。参照元は水戸市埋蔵文化財分布調査報告書(1999)、茨城県遺跡地図(2001)

 

現在は樹林があって眺望はないが、かつては雄大な眺めがあったはず。

 

2号墳から南西に60mほど、公園ぎりぎりに建つ民家を回りこんでいくと1号墳があった。

 

千波公園とつながっているが「千波町千波山児童遊園」という一画。

 

公園の外側からみた様子。三方を住宅に囲まれているが、墳丘があったために残された一画なのだろう。

 

墳丘上から民家側。

 

その逆サイド。

 

下りて見上げた墳丘。

千波山古墳群1号墳 円墳:直径約20m、高さ約2m→前出のサイトより。

 

そこから南東に200mほど、住宅街の中に島のように残された公園に3号墳の土盛りが残ってた。

千波山古墳群3号墳 前方後円墳:全長約25m、高さ約1.3m →前出のサイトより。

 

パノラマで。右が後円部、左奥が前方部になるようだ。

 

後円部上から前方部方向。

 

前方部上から後円部。25mは結構大きく感じる。

 

前方部左裾から見上げる墳丘。昇寛さんによれば墳頂は公園造成時に削られているとのこと。

 1~3号墳ともに現地での表示・案内板は無し。今のままでは公園の造成物にしか見えないので、ぜひ設置してほしい・・・

 

こちらは「少年の森」内の本格的な遊具。

 

斜面を活かした長い滑り台。

 

駐車場(有料区画)からは偕楽園内の建物・好文亭がチラッと見えた。

上ノ山古墳 茨城県茨城町前田

前回のつづき。

宝塚古墳を見学後、東に5kmほどにある茨城町指定史跡の上ノ山(うえのやま)古墳を訪ねた。

 

国道6号の長岡立体の少し北、県道40号線沿いに看板が出ていた。手前の小道を進む。

 

その先をズームすると説明版が見える。

 

標柱のあたりに来ると、前方部の裾が見えてきた。

 

そのあたりから振り返ったところ。

 

筍の門。

 

前方部の裾に立つ説明板。

 

上ノ山古墳は全長28.5mの前方後円墳。 整備されていて鍵穴の形がよくわかった。

町指定史跡 上ノ山古墳(うえのやまこふん)
西暦300~600年代にかけて、高く土を築いた古代の墓を古墳という。この時代を古墳時代と呼んでいる。
県内には5500基の古墳が存在する。町内からは、涸沼川流域を中心に130基の古墳が確認されているが、実際には倍以上の古墳が造られたと思われる。
古墳の代表的な形としては、円墳、方墳、前方後方墳、前方後円墳などがある。当町内の古墳の大半は円墳と思われる。野曽地内の宝塚古墳は前方後方墳、当地の上ノ山古墳は、前方後円墳である。いずれも町内では唯一のものであり、町の史跡に指定されている。
上ノ山古墳は、平成2年5月から6月にかけての調査の結果、全長28.5m、後円部直径20.5mの規模であることが判明。古墳からは、小幡北山埴輪製作遺跡で作られた人物や円筒の埴輪が出土している。
県内の前方後円墳には、石岡市の舟塚山古墳(全長186m)にように、100mを越えるものも見られる。上ノ山古墳は、小規模の古墳といえよう。小幡の埴輪の製作などと考えあわせると、上ノ山古墳は今から約1400年ほど前、前田および周辺を治めた首長の墓と考えられる。
平成2年8月 茨城町教育委員会

 

 前方部左裾から後円部方向。

 

前方部の墳丘上から後円部。中央に植栽があるのは主体部上を保護するためか? 

 

前方部端から台地下方向。この方向以外は周囲の樹木が密で眺望は得られなかった。

 

後円部墳丘端から前方部。

 

パノラマで。左が後円部、右が前方部。

 

後円部を麓から。

 

後円部の先から。右奥に前方部が続く。

 

後円部の先、樹木の中に続く小道があった。

 

その先は墓地だった。正面の樹木の後ろが上ノ山古墳。

 

墓地の先の道を下りた。

 

県道に出て、古墳のある丘を眺めた。